リサイクル着物や廃棄衣料の活用で循環型の日本文化を伝える「彼方此方屋(おちこちや)」
リサイクル着物の販売や古布の活用を通じて、日本に受け継がれてきた循環の文化を伝える彼方此方屋(おちこちや)。廃棄衣料を加工した園芸用土「エターナルソイル」で着物の材料となる木綿を栽培するなど、一度作られたものを余すところなく活かし、次へとつないでいく循環のサイクルを実践しています。代表のたなか きょうこさんと店長の田中 良季さんにお話を伺いました。
消費者から売る側になった彼方此方屋ならではの視点から、日常使いの着物を広げていきたい
「小豆3粒包める布は捨てるな」という昔から伝わる言葉があります。現在、日本では年間約15億着の衣料品が廃棄されると言われていますが、かつて日本人は衣服を最後の最後まで大切に使っていました。着物は糸をほどいて縫い合わせれば、再び一枚の布に戻ります。着られなくなれば何度も仕立て直し、布全体がぼろぼろになってもなお、細長く裂いて織ることで敷物や小物に作り替えてきました。「もったいない」という日本独自の考え方を、衣食住の全てにおいて当たり前のように実践していたのです。代表のたなかきょうこさんは、現代のライフスタイルに合うかたちで循環型の日本文化を取り入れるために、様々な取組をされています。
きょうこさん: 私たちは、特別なファッションとして、伝統工芸としてではなく、生活に溶け込んだ普段着として着物を広げていきたいと考えています。私にとって着物は幼い頃から身近な存在でした。祖母も母も日常的に着ていましたし、古くなった着物は、お手玉やお人形の服にしてくれました。「これからの1000年を紡ぐ企業認定」が1つのきっかけとなって、日本で昔から実践されてきた循環型の暮らしをたくさんの人に知っていただけたら嬉しいです。
海外の方が、サスティナブルを実践する着物屋という捉え方で店舗に来てくださることも多いです。少し前に日本でロハスという言葉が流行った時は、どこか違和感がありました。意識高い系と呼ばれるような方々がする特別なこととして捉えられている印象があって。そうじゃなくて、もっと地に足のついた土着の文化として、日本人が実践してきたことのはずなのに。一方で、最近のサスティナブルという言葉の使われ方には、便利さを削ぎ落として昔に戻ろう、という意識を感じることがあります。ノスタルジーな気持ちではなく、未来に向けて、現代の仕組みや技術とも折り合いをつけながら暮らしを考えていきたいですね。
専業主婦だったきょうこさんが子育てをしながら起業した彼方此方屋は、もうすぐ20周年を迎えます。幅広い年代の人が口コミで訪れるお店は、茶道部や弓道部の大学生にも人気だそう。70代から若者まで、ライフスタイルに合わせて着物を楽しむ方が集う場となっています。
きょうこさん: うちの古着の仕入れは、全て一般のご家庭から。なので、昔からの質屋さんや呉服屋さんが扱うリサイクル着物とはちょっと品揃えが違うんです。高級な着物よりも、生活着として使い倒したものがたくさん入ってきます。他の業者さんが断るような状態の良くないものも引き取るので、どんな風に工夫して使われていたのか、暮らしがリアルに想像できる着物もありますよ。そのまま販売する場合もありますし、傷んでいるものはどうしたらこの着物のよさが出るかなぁと考えながらお直しして。アンティークブームが来て、観光地でリサイクル着物を販売するお店も増えてきました。でも、安くでおしゃれを楽しむ手段として古着を売るのであれば、大量生産・大量消費と何が違うのでしょうか。彼方此方屋ならではの視点から、日常使いの着物を広げていきたいですね。
新しく着物を買う人がいなくなれば、作るための技術が途絶えてしまう
SNSでの発信に積極的な彼方此方屋さん。2011年にスタートしたYouTubeチャンネル「京都きものTV」のチャンネル登録者数は1万人を超えました。代表のきょうこさんと社外の仲間2名が、楽々きもの三姉妹として明るくにぎやかな雰囲気で着物の魅力を伝えています。着物生活を楽しむ知恵や暮らしに息づく循環の文化をわかりやすく説明してくれるのが、きょうこさん扮する長女のきょうこ姉ちゃん。コメント欄には全国から共感や喜びの声が集まっています。
2021年2月には、新店舗「おちこちや京木棉」をオープン。着物に関わる産地の方々を応援するために、古い着物の活用だけでなく、新しい着物のお仕立ても提案していきたいと考えての決断でした。
きょうこさん: 20年続けてきた中で、様々な作り手さんとのつながりができました。新しく着物を買う人がいなくなれば、作るための技術が途絶えてしまいます。1枚の着物ができるまでには、何人ものお仕事があります。糸を作り、織って、染めて、その布を仕立てて。だからといって手の届かない高級品にしてしまうのではなく、手軽に着ながらも大切に扱うものとして残していきたい。そのためには、お店で商品を売るだけではなく、知ってもらうために何かしないといけないと思って、YouTubeやinstagramでの発信にも力を入れています。
廃棄衣料をリサイクルした土で綿を栽培し、再び布を作るという循環の輪
そんな彼方此方屋さんが新たに取り組んでいるのが、店舗屋上での木綿の栽培。使用する土壌「エターナルソイル」は、なんと廃棄衣料から作られています。軽くて腐食しないので、屋上緑化などの土壌として世界的に注目を集める高機能配合土。手が汚れる心配もありません。
きょうこさん: 以前からぼろぼろになった布の活用にも取り組んできました。裂き織の小物作りや、工業用のウエス(ふき掃除に使う布きれ)への加工などを行なってきましたが、従来の使い道だけでは扱える量に限りがありました。廃棄衣料の80%以上が焼却や埋め立てで処理されると言われています。それだけ環境に負荷をかけ、資源を無駄にしているということです。ごみを出さないという目標を達成するために、もっとダイナミックに消化できる方法はないかと探っていて、エターナルソイルにたどり着きました。以前から、茎や葉を草木染めの材料にできないかと考えて、サツマイモを屋上で育てていたんです。廃棄衣料をリサイクルした土で綿を栽培すれば、再び布を作ることができて、まさに循環の輪がつながりますよね。
学校で子どもたちに栽培や収穫を体験してもらうことも含めて「京木綿プロジェクト」として取り組んでいこうと考えました。綿花を収穫した後は、綿繰り機という道具を使って種を取り除きます。その種を大切に取っておいて、次の年に種まきをします。プランター12鉢で育てているのですが、1年に収穫できるのはわずか500gほど。着物を1枚作るのに必要な4kgには、まだまだ足りません。
「京木綿プロジェクト」は京都市下京区のまちづくりサポート事業「SHIMOGYO+GOOD」に採択されました。地域の中での素材の循環を提案し、区の施設での古着回収や、学校・企業での綿花栽培を広げていくそうです。
きょうこさん: これまでにも古着をフェルト状にしてプラスチック板にリサイクルするなど様々な取組がありましたが、エターナルソイルは次の命を育む土壌として資源を循環させてくれるので、とてもしっくりきています。普段着ている衣服の素材を自分で育てると、暮らしと自然とのつながりを実感します。自分たちで手がけたものは粗末にはできないですね。
普段着ている服に対するちょっとした意識の変化を生み出す
2018年から御子息の良季さんも彼方此方屋で働くようになり、現在は新店舗「おちこちや京木棉」の店長をされています。前職は舞台美術の仕事。幼い頃からきょうこさんの働く姿を間近で見てきたとはいえ、着物についての知識はほとんどない状態からのスタートでした。
良季さん: 母が彼方此方屋を起業したのは、僕が10歳の時でした。その頃からお店に出入りして、雑用を手伝ったりもしていて。母の「田中くんのお母さんとして人生を終えたくなかった」という言葉は、ずっと心に残っています。前職を離れ、自身のルーツやこれからの家族のことを見つめ直したのがきっかけになり、継ぐことを決めました。着物が好きだったというわけではなく、家族がやってきたことを残していきたいという思いが強かったですね。
着物のことを知れば知るほど、衣料品として優れていると感じます。洋装とは考え方が違うのでおもしろい。たとえば、カジュアルなものから正装まで、かたちは全て同じなんですよね。そして、絵柄はフォーマルな装いの方がシンプルです。色々なところに日本人の価値観が表れているので、着るとやっぱり肌に馴染む感覚があるんでしょうね。たんすを開けて洋服を選ぶのと同じ感覚で「今日は着物にしようかな」って思えるような、1つの選択肢になるといいなと思います。これから若い世代や男性のスタッフも増やして、多様な視点から新しいアイディアを出し合っていきたいですね。
店舗での仕事を通じて、着物を好きになっていったという良季さん。ご自身なりの視点から着物を捉えることで、たくさんの発見があったといいます。
良季さん: 着物がサスティナブルだと言われる理由を分解していくと、いくつもの要素が絡み合っていることに気づきます。たとえば、衣服としての構造の簡潔さ、見た目の美しさ、体を包み込む優しさ。日本のものづくりはもともとサスティナブルな考え方を前提としています。宮大工さんなど他の伝統工芸に関わる方が考える日本のものづくりと、着物を作る人の考えとは、原点は同じだと思います。だから、着物の魅力を知ってもらえたら、他の日本文化への見方も変わってくるのではないでしょうか。
うちは古着の販売から始まった会社ですが、原点に立ち返ってものづくりを考えていきたいですね。京木綿プロジェクトで綿花を育てたことで、糸や生地、そして衣服を作ることがどれだけ大変かがよくわかりました。昔の人はこの苦労を知っていたから、「小豆3粒包める布は捨てるな」という気持ちになったんだなと。そういう気持ちは私たちにもありますよね。子どもも大人も、自分が一所懸命作ったものを捨てられたら、怒ったり悲しんだりします。普段着ている服に対するちょっとした意識の変化が、京木綿プロジェクトの肝だと思っています。お説教くさくなるのは嫌なので、楽しみながらやっていけたらいいですね。
インタビューの後は、お店の屋上テラスで育った綿花を見せていただくことに。ふっくらと開いた綿に触れ、ここから1枚の着物が紡がれていく未来に思いを巡らせることができました。
身近な暮らしの衣食住から未来へ向けて、サスティナブルなあり方を考える京木綿プロジェクト、今後の展開を楽しみにしています。
取材・文:井上 良子 / 阪本 純子 / 柴田 明(SILK)
■企業情報
彼方此方屋
〒600-8054 京都市下京区仏光寺通柳馬場東入ル 仏光寺東町112-1
電話:075-344-4566
URL|https://www.ochicochiya.com
たなか きょうこ
彼方此方屋(おちこちや) 代表
自然を大切にした先人の知恵を今に活かし、実用的で気軽な着物の普及を目指してリサイクル着物の販売、コーディネートやお手入れの他、廃棄衣料で出来た園芸用土での木綿栽培など、エコ衣料・キモノをあまねく知らせる活動をしている。