アート市場に新しい流通のあり方を切り拓く「Casie」

作品のサブスクリプションサービスの仕組みを構築し、アーティストの活動を支援する「これからの1000年を紡ぐ企業認定」第7回認定企業の株式会社Casie。代表取締役の藤本 翔さんは、画家だったお父様を子どもの頃に亡くし、34歳で起業。業界に新たな市場を生み出しました。これまでの歩みや今後の事業展開について、取締役/共同創業者の清水 宏輔さんと共にお話を伺いました。

他社の事例を参考にするのはやめました

── 藤本さんは今年、Forbes JAPANの「カルチャープレナー30」にも選ばれましたが、自分たちの会社をどういう存在だと捉えているんでしょうか?

藤本:「カルチャープレナー」と呼ばれるのはしっくり来てますね。僕らって、スタートアップの会社が集まる場にいると浮くし、残念ながらどのジャンルにも入らないんです。市場規模はない、ニーズもない、競合も先行事例も検索ボリュームもないビジネスなので。会社を成功させるために事業内容を選択したのではなく、この事業が自分たちの使命だと思ってやっています。必要なタイミングで資金調達はしますけど、それが目的ではない。なので、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」のお話を聞いて、僕らみたいな会社が取るべき認定だと思いました。なんとしても取りたいと。

マーケティングにしても組織づくりにしても、ある時から他社の事例を参考にするのをやめました。僕らがやってるのは正解のないゲームで、正解がある世界で闘っている人たちと同じことをやっても無理なんです。

2018年、創業間もない二人

藤本:京都に移転して、普通に暮らしている人たちがアートに対する興味を持っていることに驚きました。集荷に来た運送会社の人が「ちょっとのぞいてもいいですか」って作品を見ていったり、裏のマンションの夫婦がテレビ番組で僕たちのことを知って絵を買いに来てくれたり。金融機関の方も、数字の話をする前に、意義のある事業ですね、と言ってくれます。大阪に本社があった頃は、周りから「儲からへんでしょ」って何千回言われたかわかりません。京都に来てなかったら、今のCasieはないです。

清水:地域の方々にも良くしていただいていて、けっこう交流があります。傷がついてしまったけれどまだ使える額縁を近所の方に差し上げたり。町内の運動会にも参加しましたね。

藤本:京都は芸術系の学校が多いので、スタッフの採用もしやすいですし、画材屋さんや額縁屋さんが多いのも助かります。近所のお店に「これ今日中になんとか額装して送りたいんです!」って駆け込んで、助けてもらったことも。最初は地域の人からはあやしまれていたと思いますけど、応援や期待のまなざしを感じるようになってきました。

関東のお客さんや海外の方にも応援してもらいやすくなりましたね。同じものを送るにしても、京都から届くと、やっぱり喜んでもらえるんです。海外での販売は非常にわかりやすくて、屋号を「株式会社Casie」から「Kyoto Art Gallery」に変えたら、即座に売上が信じられないくらい増えました。

アートの力で何らかの課題を解決できるなら、事業化する

── 京都に会社があることが色々な面で追い風になっているようで、嬉しいです。

清水:神社仏閣さんとの連携も、京都に来て実現したことの一つです。お寺や神社って何百年もの間ずっと人を魅了し続けていますよね。しかも、世界中から訪れる人々がそこに価値を感じている。僕たちの会社はそういうことを大事にすべきだと思うので、京都で事業を営むことで、頭で学ぶだけじゃなく体感として取り入れていきたいです。

一方で、古くからある建造物をただ守るだけでは、文化を受け継いでいくことはできません。その価値を活かせる使い方を、時代に合わせて考える必要があります。たとえば、アートで空間を彩ると、自然と建物にも目がいくようになるんですよね。京都への恩返しという意味でも、寺社や建築の方々との企画は続けていきたいです。「これからの1000年を紡ぐ企業認定」で京都市のお墨付きをいただいたことで、そういった話が前に進みやすくなりましたね。

妙心寺桂春院での展示

藤本:認定をいただいた後、スタッフ7〜8人で集まって、これからの1000年にCasieがどう貢献できるかを真剣に考えましたよ。2時間くらい話したのかな、未来のイメージを絵に描きながら。世代を超えてサービスを利用いただくことを考えるようになったり、長い時間軸を意識し続ける一つのきっかけになりましたね。

ただ同時に、アーティストの登録数、利用者数、アーティストへの報酬額など、数字で表せる今の成果もめちゃくちゃ大事にしています。考えるための時間軸がいくつかあって、数字を伸ばしながら、注文には直結しないイベントやまちづくりの活動も続けていく。僕たちが上場を目的とするスタートアップなら、そんな活動せずに広告を打つべきなんですけどね。

── マンションを扱うディベロッパーとの連携や、消火器の発売など、マーケットが広がってきているのを感じます。

清水:ある程度、動き方が掴めてきたかなと思います。消火器ってインテリアになじまないので、つい隠したくなるじゃないですか。でも防災の観点で見ると、隠すのはよくない。アートがプリントされた消火器なら見えるところに置いておけるし、会話が生まれて皆が消火器の場所を認識できるようになります。

藤本:会社のValueの一つ目に「意味から逆算する」と掲げているのですが、僕たちは、アートの力で何らかの課題を解決できるかどうかを大事にしています。逆に言えば、スマホケースやタンブラーに作品をプリントすることにはあまり意味を感じない。

清水:ディベロッパーとの連携も、意味のあるものを提供したいという思いが共通しているから実現しました。彼らにとっては、家が売れた後に、買った人の暮らしが豊かになっていくことが重要なんです。そうやって、今までアートとの関わりがなかったところに新しい可能性を見つけないと、アーティストの活躍の場が増えていきません。僕たちのMISSIONは「表現者とともに、未来の市場を切り拓く」こと。「表現者のために」ではなく、「ともに」であることを大事にしています。

藤本:新しいアイディアが出たり相談をいただいた時に、やる・やらないの判断基準はMISSIONに沿っているかどうかだけですね。

わかってないのに「わかりました」って言う人はいない

── どうやってMISSIONを会社のメンバーに浸透させているんですか?

藤本:評価制度に組み込もうとか、1on1をしようとか、色々とノウハウを調べて真似したんですけど、結局、全部やめました。やってみたら、どうも変な感じになって。たとえば社員に対して何か思った時に「明後日1on1があるから、その時に言おう」って考えるようになっちゃったんです。でも絶対、その時にすぐ伝えた方がいいじゃないですか。なんというか、“会社ごっこ”をしているような違和感があって。

もっと組織が大きくなれば仕組みを作ると思いますけど、まだ30人くらいなので、普通に人間と人間が一緒に何かするために必要なことをやればいい。3ヶ月に1回はメンバー全員が集まって、僕と清水が話をします。こんなチャレンジをしよう、こういうことをやっていこう、と。そのあと、チーム単位で僕がその話を噛みくだいてもう一度説明します。外からはワンマン経営に見えるかもしれないけど、社員からは僕ら二人とも「優しすぎます」ってよく言われますね。

清水:目標を伝えても、「無理です、できないと思います」って普通に言われますし(笑)。そういう時は「一緒にやってみよう」って、自分も参加してどうやったら実現できるかを考えます。だいたいできるんです、それで。

藤本:制作物の確認で僕が「もっとこんな感じにしたい!」って送ったら、「何それ?どういうことですか?」ってすぐに電話がかかってきますよ。わかってないのに「わかりました」って言う人はいないと思います。

清水:藤本と僕とのサシ飲みは、創業からずっと毎週続けています。サシ飲みと呼んでますが、オープンな場にしていて、メンバーも参加できるんですけどね。議論が白熱する時もあるので、先日は初めて参加したメンバーが「二人が喧嘩別れしてしまうかと思いました……」って驚いていました。そういう日もあれば、しっとり飲む日も。だいたい社内で飲んでます。作品に囲まれた空間で話すのがいいんです。アーティストが作ったペアグラスも、会社にたくさんありますよ。

── Casieさんは、今後どこまで大きくなっていくんでしょうね。

藤本:どこまでもいけると思ってます。オセロで言えば四隅を全部取れたと思っているので、あとはその中にどれだけ積み上げられるか。

── 最後に、皆さんに呼びかけたいことがあればどうぞ!

藤本:屋内の空いている壁があったら、貸してほしいです!こちらでキュレーションして、作品を展示させていただきたいので、通路よりも、カフェとか待ち合わせスペースのような人が立ち止まる場所が嬉しいです。費用はいりません。既にいくつかのお店で実施しているのですが、もっと増やしていけたらと思っています。

取材・文:木村 響子 / 田中 慎 / 柴田 明(SILK)

■企業情報
株式会社Casie
〒600-8070 京都市下京区俵屋町218
URL|https://casie.jp/

株式会社Casie 代表取締役CEO 藤本 翔
1983年大阪生まれ。亡き父が生涯画家を貫いたが作品発表の機会を満足に得られることができず苦労した姿を幼少期に体験。 才能ある画家が経済的理由で創作活動を断念する現在のアート業界に課題を感じ、新しいアートのエコシステムを考案。 2017年株式会社Casieを創業し代表取締役に就任。

株式会社Casie 取締役共同創業者 清水 宏輔
1987年生まれ。同志社大学卒業後2010年にコンサルティングファームに入社。レンタル・リユースビジネスの事業化支援を約150社経験。 2013年に1社目を起業、プノンペンにて店舗型のリユース事業を立ち上げ半年で3店舗まで拡大。 同事業を売却し2017年株式会社Casieを藤本と共同創業し取締役に就任。