“つくる”“つたえる”の両輪で、世界のVOC問題の解決に取り組む「KANMAKI」
安全で環境負荷の少ない顔料箔を使った印刷・塗装を世界へ提案している、関西巻取箔工業株式会社(KANMAKI)。週休3日、カンマキマスターズリーグといったユニークな制度を次々に実施し、ものづくり企業の新しいあり方を体現しています。「これからの1000年を紡ぐ企業認定」第6回認定企業インタビューでは、KANMAKIの今後について取締役C.O.O 久保 昇平さんにお話を伺いました。
※VOC問題とは…インクや塗料に含まれる揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds)による、大気汚染や人体への有害な影響
「つたえる」ことで、社内の環境が良くなり、仕事の幅も広がってきた
── 認定授与式から約半年が経ちましたが、その間にも「つたえる」をキーワードに新しい取組をどんどん始めておられますね。
コロナ禍で時間ができたことで、色々な角度から自分たちの仕事を捉え直すことができました。「技術がすごいんです」「おもしろい製品があります」という従来のメッセージとは違う視点から、新しい伝え方ができるんじゃないかと考えるようになったんです。「これからの1000年を紡ぐ企業認定」の審査は、今まで聞かれたことのないような質問が多く、会社として何に力を入れていくべきなのかをすごく考えましたね。地域や直接取引のない関係先も含めた様々なステークホルダーからどう見られているのか、この事業は世の中に何を問うのか、といったことを言語化するのはなかなか大変でした。
社外への広報だけでなく社員に対しても「つたえる」ことを意識するようになって、社内の環境はだいぶ良くなったと思います。ものづくり企業は「つくる」ことばかり深堀りして、「つたえる」ことはあまりしてこなかったんですよね。2012年に僕が入社した頃は、うちの工場には日報すらありませんでした。作業記録が残っていないので、管理や改善のしようがなくて。配合も目分量で計るような、経験と勘がものを言う世界です。誰かが休むとその人が担っていた仕事が回らなくなるような状況はやめようと、ゼロから仕組みを整え始めたんです。動画の作業マニュアルを作るなど業務のDX化・平準化を進めたことで、働きやすい職場になってきているはずです。若手社員が中心になって頑張ってくれていますね。
社外に向けては、メディアプラットフォーム「note」に会社のアカウントを作って記事を掲載したり、顔料箔というサスティナブルな塗装方法があることをもっと知ってもらえるよう、僕自身も積極的にピッチイベントなどに出場しています。KANMAKIとして様々なステークホルダーに何を伝えるべきなのかを、ソーシャルという文脈で考えながら発信していこうと。最近は、家業の承継予定者が集まるコミュニティのメンターとして若い世代の相談に乗ったりもしていて、活動の幅も広がってきました。
ピッチに出ると、インターネット上に動画や記事が残るじゃないですか。それを見てエンドユーザーの方が問い合わせをしてくれるようになったので、直接お話ができる機会が増えています。現場にどんな課題があるのか、何が価値として求められているのかを伺いながら、各企業のご要望に合わせたご提案ができるので、エンドユーザーの生の声を聞ける機会はすごくありがたいです。
各業界のベテランに複業人材として力を貸していただき、新たな展開を目指したい
── KANMAKIさんの技術は今後ますます注目されていくと思います。社内のチーム作りはどのようにされているんですか?
仕事の幅が広がってきたことで、インクや塗料などの素材についても、塗装や印刷の技術についても、より専門的な知見が必要な場面が増えてきました。そこで取り組み始めたのが「カンマキマスターズリーグ」の結成です。今、シニア層を中心に副業人材を募集しているんですよ。主にお願いしたいのは、プロジェクト立ち上げ時のアドバイスと社内教育。各分野のプロに仲間に加わっていただけるよう、“CXO”※の募集として呼びかけています。以前から、正社員は10人でも50人くらいが日常的に出入りする会社にしたいと思っていて。地方創生に関心のある方や、ものづくりをしたいというIT企業の方など、さまざまなキャリアをお持ちの方々からお声がけいただいています。
※CXO…CEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)などの総称。C(Chief)は「組織の責任者」、O(Officer)は「執行役」、間に入る文字はそれぞれの役割・業務の頭文字を意味する。
── ネーミングにわくわく感があっていいですね!ものづくり企業のオープンイノベーションの事例としても非常に楽しみです。
閉鎖的になりがちな業界だからこそ、開いていかないといけないですよね。ものを作る以上、あらゆる方向に責任を持てるようになりたいんです。トラブルがあった時に、取引先が大きな企業だったりすると、各担当者さんは各部署の業務範囲内でしか判断ができません。たとえば品質管理の方と営業の方では気にするポイントが違うし、それぞれの会社や部署に特有の事情や文化があることもだんだんわかってきました。その中で全体を見て最適解を出すことは、僕らの役目なんです。この時も「つたえる」ことが重要。それぞれの部署が必要とする情報を提示した上で、次の手を検討します。具体的な問題があって怒られているのに、謝罪して「頑張ります!」って言ってても何も変わりませんから。1つずつ因数分解して対応することで、問題を解決しないと。
業務に関する判断は基本的に全てロジックに基づいているので、社内にも社外にもきちんと背景を説明することは意識しています。僕が決断することが多いんですけど、ワンマンとはちょっと違うと思っていて、ただ機能がここに集約しているというだけなんです。頭の中に品質管理部長や営業部長、製造部長がいて会議をするんですよ。営業と製造では意見が違う場面が当然出てくるので、脳内で議論してます(笑)。それぞれの立場からの意見まで含めて伝えると、お客さんも現場も納得してくれますね。
僕らの1つのミッションは、印刷・塗装業界にシフトチェンジを起こすこと。「塗って乾かす」という既存の印刷塗装を「貼って剥がす」顔料箔に変えると、VOCによる健康被害を防げるだけでなく、作業時間の短縮による生産性向上、CO2排出削減などの環境負荷軽減というメリットもあります。2015年にはVOCのずさんな管理によって中国・天津で大規模な爆発事故が起こり、多くの人が犠牲になりました。印刷塗装を持続可能な産業にするためのソリューションとして、顔料箔という選択肢を広めていきたいです。また、他の分野でも色々な活用方法を検討し始めていて。視野を広く持って、顔料箔の可能性を探っていこうと思います。
失敗をオープンにできる関係性を育み、嘘のない経営を実現する
── 久保さんは、他業種で起業された後に関西巻取箔工業へ入社されたんですよね。最初は苦労も多かったと伺いました。
僕が入社した頃は経営状況がかなり悪く、どうにかして事業を立て直さないといけない、というところからのスタートでした。工場を仕切っていた番頭さんが突然辞めて、現場もぐちゃぐちゃになっていて。生きるか死ぬかの瀬戸際の状況だったのですが、社長である父と話をして、リストラはしないと最初に決めました。人を減らすことはコストカットの手段として有効ですが、違う方法を考えようと。リストラがある職場では、自分の失敗をオープンにするのは難しいです。辞めさせられるかもしれないと思ったら、ミスがあったなんて言えないですよね。その結果、対処が遅れて問題がどんどん大きくなってしまう。組織の透明性を上げることは、今も意識し続けています。どんなに気をつけていても、ミスは起こりますから。その時に大事なのは、まずは次からどうすればいいのかという前に進むための話をすること。その後に原因を聞くようにしています。最初に原因を聞かれたら、萎縮してしまうと思うので。
以前、ある専門家の方がうちのクレーム対応の報告資料を見て、驚いていました。普通は社内用の資料と社外用では書いてある内容が違うこともあるそうですが、うちは分けてなくて。嘘をついたりごまかしたりするのが嫌なんですよ。1つ嘘をつくと、つじつまを合わせるためにどんどん新しい嘘をつかなきゃいけなくなるでしょ。嘘は余計な仕事を生むし、合理的ではないし、ものづくりをする上では嘘なんかつけないです。お恥ずかしい話、入社した当時はまともな製造日報がなくて、お客さんから何を聞かれても「わかりません」としか答えられなくて。こっぴどく怒られました。僕も知識がなくて、どんな記録が必要なのかもわからないままとりあえず謝りに行って。お客さんに頭を下げて、質問の意図を一つひとつ教えていただいて、必死にメモして、その情報をもとに今の日報のフォーマットを作ったんです。それが2018年のISO規格取得につながりました。
── 久保さんは、常に相手がどう思うかを考えて行動しておられる印象があります。
もともと舞台演劇の脚本や演出を手がけていたからですかね。どんな場面でも、人が納得するストーリーラインを描けないと気が済まないというか。小説や映画も子供の頃から大好きだったので、状況を俯瞰してストーリーを考える癖がついているんでしょうね。伏線は全部回収したいですし。だから、相手がこの状況をどう見ているか、何を求めているのか……さらには、その人がこの件について次に誰とどんな話をするのかまで、自然と想像してしまうんだと思います。
おもしろい組織のモデルケースになりたい
── 週休3日制度はどのようなストーリーで生まれたのでしょうか。
働き方の話も同じことなんです。週休3日は、コロナ禍の影響で売上が下がった時に始めました。苦しい状況で、皆にお金を渡すことはできないけど、時間を渡すことはできるなと考えて。週休3日にするために給料を減らしたり、1日あたりの労働時間を増やしたりっていう話も聞きますよね。僕はそれでは意味がないと思うから、みんなで「生産性を25%上げよう」と提案しました。雇用するにあたって、その人の家族に安心してもらうことがめっちゃ大事やと思うんですよ。コロナ禍で色んな心配が絶えない状況では、特に。僕は別に人格者でもなんでもなくて、ただ誰にも嫌われたくないだけです。採用を考えた時にも、家族や親御さんに納得してもらえる会社であることは重要ですよね。ピッチイベントに出たり、メディアに取材いただくことは、スタッフの周りの人に会社のことを知ってもらうためにも役立っています。
僕は飽きっぽい性格なので、会社でも色んなことをすぐ変えたがるんですよ。朝令暮改もよくあるし、スタッフは大変やと思います。でも、組織をおもしろくするというミッションには飽きないですね。2020年に海外営業を担うスタッフが入ってくれて、世界とのつながりもできてきました。国内でも、もっと手軽に顔料箔を使ってもらえるようにしたくて、各地の印刷工場の機械を熱転写顔料箔用に改造したり、エンドユーザーの工場の一角に顔料箔を作れるユニットを提供したりしています。箔のコンビニを作るイメージですね。やりたいことはたくさんあります!会社自体を大きくするよりも、小さいながらも世界と戦える会社になっていきたいですね。
家業を継ぐことって、最終的な選択肢だと思われがちじゃないですか。それが嫌で。KANMAKIをめっちゃおもしろい組織にして、どの規模の企業からも参考にされるモデルケースになりたいんです。僕にはまだまだ次がある。会社の創業が1952年で、僕が入社したのは2012年、僕が知っているのは70年間のうちのたった10年です。歴史の中で育まれた文化や風土に敬意を払いながら、これからも新しいことに挑戦していきます。
取材・文:田中 慎 / 前田 展広 / 柴田 明(SILK)
■企業情報
関西巻取箔工業株式会社
〒601-1245 京都府京都市左京区大原戸寺町368番地
電話:075-744-2326 E-mail:info@kanmaki-foil.com
URL|https://www.kanmaki-foil.com/
公式note|https://note.com/kanmaki/
久保 昇平
関西巻取箔工業株式会社 (KANMAKI Co.,Ltd.) 取締役C.O.O
1980年 京都生まれ。2005年まで舞台演劇の脚本・演出を中心に120作品以上に関わった後、2006年に京都高度技術研究所(ASTEM)の支援を経て、起業。京都府デザインインキュベーションプロジェクト「KYOTO STYLE」参画等を経て、祖父が創業した関西巻取箔工業株式会社(KANMAKICo.,Ltd.)に2012年入社、現職。