環境負荷の小さな農業を広めて“未来からの前借り”をしない社会を目指す「株式会社 坂ノ途中」

今日、あなたは野菜を食べましたか? その野菜は、誰がどのようにつくったものか、知っていますか?

今、世の中に出回っている野菜の多くは、農薬や化学肥料を使用してつくられており、大きく依存していると言える栽培も少なくありません。確かにこの方法で野菜をつくれば、楽に、効率よく、安定した栽培・収穫が可能になるのですが、実は自然環境破壊という大きなリスクを孕んでいることをご存知でしょうか。

本来、草や生き物たちは、命を終えると土中の微生物に分解され、有機的な肥料となり、その他の植物の栄養として還元され、別の生き物たちはその植物から栄養を得て成長し、命を終えてまた肥料になる…という循環が果てしなく続けられています。

しかし、農薬や化学肥料の過度の利用は、土中の微生物を減らし、草を生えなくさせ、たくさんの生き物が住めない環境をつくります。草も生き物もいなければ、当然彼らの生き死にも起こらず、自然にもたらされる肥料も巡ってはきません。結果として、土は痩せてカチカチになり、農薬・化学肥料なしでは野菜を育てられない状況が生まれてしまいます。

同じ土壌から得られるはずだった将来の収穫を奪ってしまう、言わば“未来からの前借り”をしない社会をつくりたいと考え、農薬・化学肥料に頼らない方法で農業をする人を増やしていくビジネスに取り組んでいるのが、今回ご紹介する「株式会社 坂ノ途中(以下、坂ノ途中)」です。

新規就農者・若手農家をネットワーク化

「坂ノ途中」は、地域資源を活用して、土を大切にしながら農業を行う新規就農者や若手農家と提携し、彼・彼女らの農産物を販売しています。主な販路は、ネット通販、京都・東京合わせて4つの自社店舗、小売店・飲食店への卸などです。

京都の自社店舗「坂ノ途中soil」

近年、「坂ノ途中」と同じような問題意識を持って、農薬や化学肥料を使わない農業に挑戦しようとする若者は増加傾向にあります。しかも、そんな手間のかかる農法で「野菜をつくろう!」と自ら進んで行動を起こした彼らはとても勉強熱心だそう。「野菜の品質はとても高いです」と、「坂ノ途中」の代表取締役である小野邦彦さんは話します。

こちらが「坂ノ途中」代表取締役の小野さん

こちらが「坂ノ途中」代表取締役の小野さん

小野:彼らのつくる野菜は本当においしいです。でも、多くの人は、就農後続けられずに辞めてしまいます。その一番の理由は、販路が見つからないこと。新規就農者の大半は小規模で、農地も条件が悪いことが多いため、安定した生産量を確保することが難しく、野菜を流通させる企業から「付き合いにくい」と思われてしまうのです。

“未来からの前借り”をやめていくためには、就農希望の若者たちが、志のままに農業に取り組めるよう、彼らのつくった野菜の販路を生み出す仕組みが必要です。

そこで小野さんは、単体では収穫量が少ない彼らをネットワーク化し、全体ではまとまった数を提供できる仕組みを生み出します。

現在「坂ノ途中」は、京都をはじめとした関西一円を中心に、100軒を超える農家と提携。地道な活動で少しずつ販路も拡大し、京野菜をはじめとする伝統野菜から、珍しい西洋野菜まで、年間400種類以上のラインナップを提供できるまでになりました。

小野さんやスタッフのみなさんが、このネットワークをつくる際に大切にしているのは、できるだけ顔を合わせて畑の状態を聞いたり、作付けする野菜を一緒に考えたり、伴走しながら共に成長していこうという姿勢。「坂ノ途中」という一風変わった社名にも、「坂を上るような挑戦を続ける農家さんのパートナーでありたい」という思いが込められています。

店内の棚には旬の野菜がたくさん並びます!

店内の棚には旬の野菜がたくさん並びます!

ただし、農薬・化学肥料を使わない農業をしているからという理由だけで、全ての農家と取引するわけではありません。そこにはルールがあります。

小野:取引をする上で何より大事なのは、野菜がおいしいかどうかです。当然ですが、おいしくない野菜は売れません。僕たちの活動は、恵まれない新規就農者を支援するチャリティではありません。

まじめに努力し、研鑽を積んでおいしい野菜をつくっているのに、不安定だからという理由で、マーケットから排除されている生産者の努力が報われる状況をつくりたいんです。

だから、物流費や間接コストを考えたら赤字になるとしても、量が少ないという理由では、取引を断ることはしません。でも、実際に畑に行って食べさせてもらって、おいしくない場合はお断りしています。

現在、取引を担当するバイヤーは4名。彼らに特に求められるのは、ちゃんと物が売れるようにするための“バランス感覚”だといいます。

小野:新規就農者や若手の農家さんを応援したいのはもちろんですが、だからといって生産者側ばかりに肩入れしていてもダメなんです。天候や時期によって、味の悪い野菜ができることはあります。

思い入れを持って育てているからこそ、たとえば収穫適期を過ぎてかたくなった野菜でも出したくなる気持ちは分かる。でも、そういう時は、「品質が落ちてきているからやめましょう」とバシッと言わなければいけません。

一方で、旬を過ぎた野菜でも食べ方を変えれば、おいしく食べられるものもあります。例えば、秋のなすは皮がかたく、夏のなすのような瑞々しさはなくなりますが、しっかりと味がのっているので、くたくたに煮炊きするととってもおいしくなる、などです。

そんな風に、季節の移り変わりをお客さんに楽しんでもらえそうな場合は、終わりかけでも「頑張って出しましょう」と、農家さんを後押しします。

そうして、生産者やお客さん、どちらに偏るでもなく、関わるみんながうれしくなるようなバランスをとっていく感覚はとても大事ですね。

普通にしていたら社会は終わっていくもの

小野さんが「坂ノ途中」を設立するに至った原体験は、学生時代まで遡ります。当時、通っていた京都大学を一年間休学し、アジア諸国を旅しながら各国の遺跡を巡っていた時、ある考えに至ったといいます。

小野:遺跡は、言い換えれば社会が終わった後の残骸ですよね。それまで僕は、社会とは勝手に続いていくものだと思っていました。でも、遺跡を見て回るうちに、普通にしていたら終わるものなんだ、都市生活はとても近視眼的な営みなんだ、って気づいたんです。

さらに、標高4000mの地で暮らすチベットの人々との出会いが、小野さんの価値観を揺さぶります。

バックパッカーをしていたころの小野さん。チベットにて。

バックパッカーをしていたころの小野さん。チベットにて。

小野:チベットの人たちって、とても先のことまで考えます。来世のことや、そのまた来世のことまで。

人間も生き物なので、生き残るために近い未来のことだけを考えがちになるのは無理もないのかもしれませんが、それにしても、今の社会が、短期的な利益やメリットを重視する風潮に偏り過ぎていると感じています。

その背景には「それぞれが自分を大事にし過ぎている状況がある」と、小野さんは考えています。

小野:自分を大事にしすぎると、リスクのある行動が起こせなくなります。でも、今だけ、自分の幸せだけ考えていたら、社会は終わっていく。社会が持続可能であるためには、遠くの誰かの幸せを思う想像力が必要なのだと思います。チベットのくらしは、植生の乏しい高原で、手に入る限られた資源をやりくりし、循環させることで成り立っています。そんな生き方に触れたことで、自分も近代的な都市生活ではなく、「環境に負荷をかけない生き方」をしたいと思うようになったんです。

その生き方を実現するために、小野さんがたどり着いたアプローチ。それが、持続可能な農業、環境負荷への負担の小さい農業に挑戦する人たちを増やすことだったのです。

そして一年間の旅を終えた小野さんは、起業を視野に入れながらフランス系の金融機関に就職し、2年の修行期間を経て、2009年に「坂ノ途中」を創業。農薬・化学肥料に頼らない農業で育てられた野菜の販売を通し、そうした農業を営む人たちを増やすというビジネスモデルの実現に向けたチャレンジがスタートしました。

“持続可能”ってどういうこと?

「坂ノ途中」のwebサイトでも頻繁に用いられている“持続可能”という言葉。最近では、さまざまなメディアで使われるようになりました。しかし、扱うメディアや使う人によって、この“持続可能”が意味するものは異なっているように感じます。

「坂ノ途中」のウェブサイト。未来からの前借り、やめましょうのメッセージがとても印象的です。

「坂ノ途中」のウェブサイト。
未来からの前借り、やめましょうのメッセージが とても印象的です。

では、小野さんにとっての“持続可能”とは、どういうことを指しているのでしょうか。

小野:公平性だと思っています。時間的にも、地理的にも公平であること。時間的に遠くの存在や、地理的に遠くの存在に負担を押し付けていないことが大切だと考えています。

また、多様性があることも大切だと思っています。「こういう生き方をしなきゃだめだ!」というような息の詰まる社会ではなく、いろんな人たちが、それぞれに助けたり、助けられたりして、なんとなく続いていく。そんな社会が、実はしぶとく続いていくのではないかと思います。

さらに小野さんは、「植物の世界を参考にすると、とてもおもしろい」と続けます。

小野:植物たちは熾烈に競争している一方で、共生関係がある。例えば、痩せた土地には「スズメノテッポウ」など、やせ地でも生きていけるイネ科の一年生植物が生えるのですが、一年で枯れ、微生物に分解されて土壌の栄養分になります。

自分たちが生命をまっとうすることで、その場所に栄養が蓄えられ、やがてほかの植物たちが生えてくる。ほかの生き物の居場所をつくることで、逆に、自分の子孫は住めなくなっていく。

ずっとひとつの種が生息し続けることはないんです。生態系が移り変わっていくことを“遷移”と呼ぶのですが、基本的に“遷移”は生き物の量が増える方向に進みます。それぞれの種が役割を果たすことで、にぎやかな生態系ができていく。その様は、とても美しいです。

公平性や多様性を重んじるがゆえのプロジェクトが、実は2012年から始められていました。それが、「ウガンダ・オーガニック・プロジェクト」。東アフリカのウガンダで有機農業を普及させる活動です。

小野:創業して2,3年の頃です、当時僕は「小さくキレイなビジネスモデルをつくろう!」なんて言いながら、地域の新規就農者さんたちを地域の消費者が支えるような形を模索していました。

それはとても牧歌的で、誰にも批判されない事業形態。小さく成り立つモデルを示して、他地域で類似事例が増えればいいな、という狙いです。たくさんの人が褒めてくれて、視察もたくさん来ました。でも、それにいつしか違和感を覚えるようになっていったんです。

別に大したインパクトを生み出しているわけでもないし、いろんな人が「参考にしたい!」と訪ねてきてくれるけれど、実際には類似事例は増えていかない。「なんか分からんけど、嫌やなぁ」って、もやもやとした思いが育っていきました。

当時は今よりも地域に根差した事業形態を描いていた「坂ノ途中」。京都の野菜を京都で販売することが中心でしたが、その形態にも限界を感じていたそうです。

小野:地域の人を地域で支えるって美しいですよね。でも、やっぱりそれだけなのは無理があるなって思い始めていたんです。東京で、東京の人の食を賄う量の食べ物を育てるなんて、やはり不可能ですし。

「地域内の循環だけでは、持続可能な農業の実現は難しい。地域をまたいだ連携をすることが、それこそ遠くの人を思いやる力になるんじゃないか。例えばアフリカから輸入してくるとか…」と考えている時に、ちょうど「坂ノ途中」に入社していた大学の研究室の後輩が、ウガンダでプロジェクトをやりたいと言い出したので、じゃあやろうということになったんです。

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この「ウガンダ・オーガニック・プロジェクト」は現在も進行中。
ゴマやシアバター、バニラなどを、農薬・化学肥料を使わない方法で
栽培・商品化し、「坂ノ途中」のウェブショップで販売しています。

肌にうるおいを与え、やさしく保護してくれる天然のシアバターは、厳しい気候に耐え抜いて育つシアの樹の実からつくられています。

肌にうるおいを与え、やさしく保護してくれ天然のシアバターは、
厳しい気候に耐え抜いて育つシアの樹の実からつくられています。

ごまの産地ウガンダでは、「シムシムボール」と呼ばれるおやつがあちこちで売られており、おやつや軽食としてよく食べられています。この「シムシムボール」をモデルにつくられた「坂ノ途中」オリジナルのおやつが「シムシムクッキー」です。

ごまの産地ウガンダでは「シムシムボール」と呼ばれるおやつがあちこちで売られており、軽食として食べられています。「シムシムボール」を モデルにつくられた「坂ノ途中」オリジナルのおやつが「シムシムクッキー」です。

これからのこと、大切にしていること

小野さんは、今後も「未来からの前借り」をやめ、持続可能な社会を目指して、これまでのビジネスを引き続き展開していくのと同時に、さらに若者が就農しやすくなる仕組みの構築を進めていこうとしています。

小野:農業を始める時や、新しい栽培スタイルにチャレンジする時には、何かと道具や機械が必要になります。例えば、農業資材や機械類の農業者間での融通をサポートするなど、農業を始めやすくなるようなプラットフォームをつくりたいと考えています。

農業者を支えるプラットフォームも、言うなれば、みんなで支え合いながら一つの未来を目指そうという取り組み。それをしようと思ったら、「一人だけ、一社だけではどうにもならない」と話します。

小野:「未来からの前借り」をやめるというのは、とても壮大な話で、一社の努力でどうにかなるものではありません。だからこそ、講演などでは、ノウハウをできるだけオープンにお話ししています。

この「未来からの前借りをやめる」という価値観を共有していただけるのであれば、「コラボしたい」「同じモデルで展開したい」といったご連絡は、いつでも歓迎しています。

こうして、地道に着実に、でも確実にスケールアップしつつある「坂ノ途中」ですが、小野さんは「もう後に引けない」と笑います。

小野:そもそも、この仕事はいろんな人に助けられてやっているんです。本当に、あれもない、これもない、野菜のこともよく分からない、人も足りない、といった「ないないづくし」で始めて、そんな中で、冷蔵庫をもらったり、機械を貸してもらったり、行く先々で支えてもらったおかげで今があります。

もう後に引けないんですよね(笑)。 この人たちの、応援してくれている気持ちを裏切ることはできないなと。小さく平和に、ナチュラルに暮らすとか、やろうと思ったらやれるとは思います。でも、散々いろんな人にお世話になっているので、「僕が幸せな暮らしを送りました」では終われない。バトンを受け継いでいるから、僕も渡していきたいと思っています。

現在、「坂ノ途中」のスタッフは総勢34人(アルバイト含む)。成長するに伴い、企業としての課題も見えてきているそうです。

小野:これくらいの人数だからこその「組織力」を発揮していきたいのですが、人が増えていくたびに組織の形も変わっていくし、前例がないことをやっているので、参考になる企業もなく、常に手探りの状況です。

褒めてもらったり、良い会社だねって言われることは多いし、ありがたいことですが、そう言ってもらうために事業をやっているわけではありません。“なんとなく良い会社”ではなく、本当に社会にインパクトをもたらそうと思ったら、数字の上でも桁2つくらい伸びなきゃいけない。それができる組織の力を養っていく必要があると感じています。

そして最後に、“未来からの前借り”をやめていくために、私たち全員に必要なのは“想像力”だと小野さんは言葉を続けます。

小野:みんな、小さな時はもっていたはずなんです。 他の生き物を犠牲にしないといけない、なんと残酷な世界で生きているんだとか、小さい時は一度は考えるじゃないですか。

でも、大人になるにつれて、さまざまな情報に触れていくうちに、想像力がだんだんと削がれて、遠くを思う力が失われる社会になっている。自分の行動の一つひとつがどんなことにつながるのか、みんなが想像するのが当たり前の社会になればいいなと思っています。

今日、あなたは野菜を食べましたか? その野菜は、誰がどのようにつくったものか、知っていますか? そして、その野菜を選ぶことが、社会にどのような影響を与えているか、想像したことはありますか?

食べ物は私たちの体をつくってくれるもの。それはほかの生き物の命そのものであり、私たちの命を形作ってくれているものです。ぜひ、健全につくられた食べ物を、何かしながらではなく、味わって食べてみてください。そして、それをしばらく続けてみてください。きっといろんな発見があるはずです。

「坂ノ途中」のウェブショップは、とても充実しています。季節の移り変わりを感じられる定期宅配が特にオススメだそう。まずは味見をしてみたい、という方には、初回限定で、送料無料の「お試しセット」も。丁寧に育てられた野菜のしみじみとしたおいしさを、実感してみてください。

初回限定お試しセット(例)

初回限定お試しセット(例)

インタビュアー:赤司研介(京都市ソーシャルイノベーション研究所 エディター/ライター)

◼︎企業情報
株式会社坂ノ途中
〒600-8888 京都市下京区西七条八幡町21番地
TEL|075-200-9773/FAX 075-200-9774
URL|http://www.on-the-slope.com/

小野邦彦(おのくにひこ)

1983年、奈良県生まれ。地元では両親がおいしい野菜をつくっており、野菜だらけの環境の中で育つ。京都大学に進学した後、アンティーク着物にハマったり、休学してアジア圏を旅行したりと、好きなことばかりしていた挙句、専攻していた文化人類学の奥深さに気づき、ラスト一年だけ猛烈に勉強する。そんな日々を通じ、自分が一番関わりたいのは、人と自然環境との関係性を問い直すことなのだと気づき、有機農業にその可能性を見出す。2年余りの大手金融機関での修業期間を経て、2009年夏、坂ノ途中を設立。