まっすぐ真面目に、地域の困りごとに応えつづける不動産屋 「株式会社フラットエージェンシー」
あなたはどんな町に住んでいますか? 駅前にビルが立ち並ぶ大きな町に住む人もいれば、古い町家に住む人、中心から少し離れた閑静な住宅街に住む人もいるでしょう。それぞれが仕事や家族など、いろんな事情に合わせて住む土地や家を決めているわけですが、土地や家を探すときに私たちが必ずといっていいほどお世話になるのが、不動産屋です。
不動産屋は、町の不動産を保有するオーナーの方々とつながり、信頼を築くことで地域の建物というインフラを把握し、そこにアクセスできる存在。言い換えれば、不動産を通じて、町の一部となる人を増やしたり、店舗を誕生させたり、その町の未来に大きな影響力を持つ存在です。
この記事でご紹介する「株式会社フラットエージェンシー(以下、フラットエージェンシー)」も、不動産会社。しかし、自社の業を「まちづくり業」と定義し、賃貸・売買の仲介だけでなく、地域で暮らす人々のさまざまな困りごとに応える取り組みを行っています。なぜ、不動産を扱うだけでなく、売り上げにつながりにくそうな「まちづくり」を会社のコンセプトに据えたのでしょうか。吉田創一社長にお話を伺ってきました。
学生の町に拠点を構える不動産屋
「フラットエージェンシー」が本店を構えるのは、京都市の北区。周囲には立命館大学や京都産業大学など、数多くの大学キャンパスがある町です。そんな学生の町を中心に、京都府内に8つの事業所を展開しています。
主たる事業はテナントを含む不動産の「賃貸管理」。学生が安心して生活できるよう、京都にある7,000室もの賃貸物件の管理と斡旋をしています。その次が、不動産の「売買」。売り上げの比率は多くないものの、大家さんの世代交代が進んでくる今後、相談は増えてくると吉田さんは予測しています。
また、企業研修などで京都を訪れるビジネスマンの利用が多い短期賃貸「マンスリー」も、10年以上前から取り組んでいます。海外からの旅行客の増加に伴い、旅館やホテルの予約が取りにくくなる中、企業からの需要が増加。全体の売り上げの1/4を占めるほどに成長してきました。
そして今、特に力を入れているのが、リノベーション。古くからある京町家はもちろん、築30〜40年経過して、テコ入れが必要になった物件のリノベーション案件も増加しているといいます。
大手企業の不動産業参入が相次ぎ、中小の不動産会社が吸収されることが増えている中で、社員数は90名、売り上げは18億円に達するなど、順調な成長を見せているのです。
創業のきっかけは、海外で受けた親切
そんな「フラットエージェンシー」は、現在取締役会長を務める吉田光一さんが1974年に創業しました。
「フラット」とは、イギリスのアパートのこと。創業前、1年半をかけて世界中を放浪していた吉田光一さんは、イギリスでアパートの仲介業者に家を斡旋してもらいました。そのときの、保証人もなしで家を貸してくれる親身な対応に心を打たれたといいます。
帰国後、日本にいる外国人のために不動産業を始めたいと考え、神奈川県の出身にもかかわらず、留学生が多い京都市北区に会社を創業。
一軒一軒大家さんのもとを回り、近隣の大学にアプローチをかけ、地域との関係を少しずつつくりながら会社を大きくしていきます。
そして2001年、国土交通省(当時の建設省)が打ち出していた『不動産ビジョン』の方針と合わせて、交流のあったミサワホームの社長から「これからはまちづくり産業に飛躍しなきゃいかん」という助言を受け、フラットエージェンシーはさらに地域を盛り上げる活動に着手し始めます。
当時はまだ珍しかった、大家を集めての勉強会を開催。交流を深めていくと、これまで聞けなかった大家側からの相談や、普段抱えている思い・困りごとが聞けるようになっていったといいます。
吉田さん:オーナーさんも、相談相手が欲しかったんですね。仲良くなっていくと、「地域を盛り上げたい、次世代につないでいきたいけれど、どうすればいいと思う?」という相談をしていただけるようになり、それが仕事になって増えていきました。
多岐にわたる、まちづくり事業
こうして始まった「フラットエージェンシー」の「まちづくり」事業。積み上げてきた実績は、実に多彩なものになっています。一つずつ、少し駆け足になりますがご紹介します。
① 留学生の就業支援
3年ほど前、留学生たちから相談が多かったのが、「就職の仕方がわからない」「大手の会社しか情報がない」といったものでした。そこで、留学生向けの相談会を開催。60名ほどの留学生が参加し、就職活動のやりかたやビザの取得方法などを、ワークショップを交えて学びました。部屋を貸し出すだけでなく、卒業後の彼らのサポートも行っているのです。
「フラットエージェンシー」自体も、8年ほど前から留学生を積極的に採用し始め、現在4名の外国人が働いています。
吉田さん:昨年、タイ人の女の子を採用したことで、タイ人の留学生の利用者が一気に増えました。やはり母国語で相談できるのは安心できるんでしょうね。留学生同士の口コミで広がって、いろんな相談を受けているようです。
② 商店街の活性化
本店の近くにある「新大宮商店街」。日本各地の商店街がそうであるように、商いをする人が減り、シャッターを閉めた店が増えていました。そこで昨年から、営業社員が一軒一軒空き店舗を訪問。賃貸物件登録を促して回りました。
すると、「若い人が入って町が元気になるなら、家賃なんぼでもいいよ」という方もおり、スタッフのがんばりもあって、12軒を貸してくれることになりました。それらの物件の家賃を、周辺地域より安価に設定。雑貨店・チョコレート店・ゲストハウスなどが入居するなど、新たな賑わいが生まれたのです。
吉田さん:正直、儲かる仕事ではないのですが、地域が元気になることで返ってくると思っています。当社ではマンションもたくさん管理させていただいていますが、学生に話を聞くと、学校とマンションの往復だけで、住んでいる地域との交流はまったくないという子がほとんど。
卒業して実家に帰ったり、東京に行ってしまったりする子も多いのですが、せっかく京都に住んでいるのだから、周辺の地域だけでも知ってほしい。地域との交流の先にある、「周りに知っている人がいる」という状況が安心につながりますし、入居率にもつながるのかなと。
高齢化が進んで、おばあちゃんが一人で住んでいるところも増えてきています。交流がそういう方たちの癒しにもなりますし、交流を促すことを、これからも取り組んでいきたいです。
③ 学生が孤立しないシェアハウス
さらに「フラットエージェンシー」は、13年ほど前から、アパートなどを学生たちが交流しやすいシェアハウスの形態にする働きかけも行っています。その背景には、ある学生がマンションで自殺してしまうという出来事がありました。
吉田さん:そのことがあってから、もっと学生同士が交流しやすいアパートやマンションはできないかと考えました。ちょうどその頃、「アパートを潰してガレージにしたい」というオーナーさんがいらっしゃったので、思い切ってシェアハウスを提案してみたところ、ご理解いただいて、始めることができました。
今でこそ当たり前になっているシェアハウスという住み方ですが、当時はまだまだ認知されていなかったころ。「新しい下宿をつくろう」と、試行錯誤した末に生まれたのです。現在20棟ほどあるシェアハウスは、そのほとんどが満室状態。近隣の大学とも連携して学生寮も手がけています。
④ 空き校舎で起業家支援
ある日、京都精華大学から、10年間放置されている建物の活用についての相談が入り、吉田さんたちは学生たちにヒアリングをしてまわりました。すると、芸術系の大学に通う学生が卒業後、活動する場所がなくて困っているという情報を入手。市内には工房やアトリエにできるような広い物件がなく、あったとしても賃料が高額になるため、借りることができないという状況がありました。
そこで、中はさほど手を加えず、水回りと屋根をなおして、アトリエとして貸し出すことを提案。これが見事にはまり、15区画に分けて貸し出したスペースは、リノベーションが終わる前に満室になったそうです。その他にも西陣の町家などで、同様の取り組みを多数手がけています。
⑤ コミュニティスペース「TAMARIBA(たまりば)」
「TAMARIBA」は「フラットエージェンシー」が運営する地域交流サロン。中には地域の方が無料で使える交流スペース、食べたり飲んだりできる「Caféふらっと」、子連れでも利用できる美容室、そして不動産に関する相談ができる「住まいの相談室」などが入っています。
地域の方々が交流スペースで行う催しは年間130にものぼり、開設当初は自社のセミナーなども行うつもりが、予約で埋まってしまうのだそう。吉田さんは、「予想外でしたが、多くの人にご利用いただけてうれしいです」と、笑います。
吉田さん:多目的スペースは無料ですが、使われた方にはカフェの利用をお願いしています。カフェの収益はとんとんですが、一番の目的は、地域の人が家の相談をしやすくなること。
相談はなんでもいいんです。電球を一個替えてくれと相談されれば、替えに行きます。そういうことから関係ができていって、手すりを付けてほしいとか、トイレを改修したいとか、仕事につながっていく。ここは町の便利屋みたいな役割でいいと思っています。
その他にも、「フラットエージェンシー」では、独自で家主への「家賃前払いの制度」を構築。例えば、自社で10年間分の家賃を前払いし、家主はそれを元手にアパートなどの改修を行えるという仕組みです。
少しわかりづらいかもしれませんが、これは家主にとってはとても大きな出来事でした。この制度ができたことで、「子供や孫に資産として残したいけれど、投資に踏み切る力がなかった」という家主に新たな選択肢が生まれ、初期資金が改修のハードルになっていた空き家の活用につながったのです。京町家の改修も多数、この制度を使って行われました。
関西で一番住みたい街へ
順調に成長し、これからもやるべきことが盛りだくさんの「フラットエージェンシー」ですが、今後はどのようなことに取り組んでいこうと考えているのでしょうか。
吉田さん:古くなってきているマンションのリノベーションには力を入れていこうと考えています。例えば「オーナーの顔が見える、安心できるマンション」のように、物件ごとの特徴がもっとわかるようなPRもしていきたいです。そういうことによって空室率のパーセンテージを下げて、オーナーさんにちゃんと利益が出る体制をつくっていきたいです。
また、「旅館業も拡大していきたい」と、吉田さんは話しを続けます。
吉田さん:今も6軒の宿を運営しているのですが、旅館やホテルのような非現実を提供するのではなくて、京都の街に住むように、地域と交流できるような時間を提供していきたい。それを京町家に特化してやろうと思っています。
その背景には、京都が抱える空き家問題への危機感がありました。平成25年の統計では、京都市内だけで114,500戸もの空き家が存在していますが、7年間で5,000軒の京町家が取り壊されてしまったそうです。
吉田さん:「相談してくれればいいのに」と心から思いますね。ヨーロッパは古い町並みに価値があるとされているけれど、今の日本にそういう人は少なくて、どんどん壊してしまう。それを食い止めるためにも、京町家のリノベーションにもどんどん取り組んでいきたいです。
「フラットエージェンシー」は、「京町家」が「古家(ふるいえ)」と呼ばれていた十数年前より、京町家の価値に気づいて京町家の活用に積極的に取り組み、これまでに約250軒の京町家のリノベーションを行ってきました。しかし、吉田さんはなぜ、京町家を守りたいと思うのでしょうか。
吉田さん:歴史を守りたいんですかね。祖先から受け継いできたことを、次の世代につないでいきたいんだと思います。ボロボロだった家が再生する様子を子どもたちに見せることが、「京町家を守っていこう」と思ってもらうきっかけになるんじゃないかと。
それから、京町家を守ることは、関わる人たちの仕事を守ることにつながっています。いい腕の職人さんも減ってきていて、これからなりたいという若者も減っている。これまで長い歴史の中で積み上げられてきた技術も途絶えてしまう。そういうものを守りたいという思いがあるのかもしれません。
記事を読んだ方にはぜひ、京町家を壊す前に、一度ご連絡をいただければと思います(笑)
これらのことを通じて、吉田さんがイメージする理想の光景は、あちこちで多世代の交流が起こっている町。「そんな未来を目指して、真面目に、誠心誠意、お客様のためにさまざまなことに取り組んで、まずはこの北区を関西一住みたい町にします」と最後に力強く語ってくれました。
不動産業からまちづくり産業へ、そして地域の課題を見つけて解決していく企業へ。「フラットエージェンシー」がこれから、町と人とともにつくりあげていく未来は、とても賑やかなものになっていきそうです。
「フラットエージェンシー」では現在、共に働くスタッフを募集しています。興味が湧いた方は、ホームページをぜひ覗いてみてください。
インタビュアー:赤司 研介(京都市ソーシャルイノベーション研究所 エディター/ライター)
■企業情報
株式会社フラットエージェンシー
本店|〒603-8165 京都市北区紫野西御所田町 9-1
TEL|0120-75-0669
URL|http://flat-a.co.jp/
吉田創一(よしだそういち)
1977生まれ。京都産業大学卒業後、2001年にミサワホーム近畿株式会社入社。2005年 、株式会社フラットエージェンシー入社。2015年7月、創業から40年という節目の年に、代表取締役に就任。創業時からのおもい「お客様の笑顔が、私たちの喜びです」という経営理念を胸に、全社員が一丸となって一層の努力と挑戦を続けている。