全国に7万以上あるお寺に、子どもと大人が学び合う21世紀の寺子屋をつくる「NPO法人寺子屋プロジェクト」

あまり知られていませんが、お寺の数はコンビニの店舗数より多く、全国に約7万5000か寺もあります。今は、観光や参拝、葬儀、法要などの関わりが主ですが、明治以前のお寺は庶民の学びの場でもありました。

たとえば、江戸時代に寺子屋を開いていたお寺は少なくとも1万か寺以上。「読み書きそろばん」を中心とした教育をしていました。このため、幕末における日本人の識字率は当時の世界においてトップクラスに達していました。

そんな、かつての寺子屋の文化を受け継ぎながら、現代のお寺に新しい学びの場をつくりだしているのが、「特定非営利活動法人寺子屋プロジェクト」(以下、寺子屋プロジェクト)。現在は、京都市内のお寺を中心に、現代の寺子屋「Tera school」を開いています。

学校でもなく、塾でもなく、習い事とも違う。子どもと大人がフラットに学び合う教育のあり方について、代表の荒木勇輝さんにお話を伺いました。

もう一度、お寺に教育の場をつくろう

荒木さんは、大学卒業後に日本経済新聞社に就職。東京と京都で、5年間の記者生活を送りました。企業、行政、教育・研究機関の最先端を追いかける仕事は面白く、手応えも感じていました。しかし、仕事に慣れるにつれて「新しい学びが少なくなる」という感覚が芽生えてきたといいます。

「一生のなかでやるべきこと」を考えたとき、荒木さんが出した答えは「子育て・教育分野で仕事をすること」でした。

荒木さん:障がいのある子どもやいじめで不登校を経験した子どもが身近にいたり、自分自身も受験のために進学塾で勉強することに反発したり。子ども時代に感じた、教育に対する小さな違和感の積み重ねが、教育への関心につながっていました。

また、記者時代の取材を通して、楽しく働いている人が少ないと感じていて。自分にとってベストな働き方をする人を増やすには、教育から変えなければと思ったこともきっかけのひとつかもしれません。

同じく、取材をとおして注目したのが、お寺の社会資本としての可能性。日本の約7万5000か寺ものお寺の多くは、社会の変化に伴い葬儀件数や檀家数の減少といった課題を抱えています。しかし一方で、今の世の中に合うやり方で、地域のコミュニティに参加する方法を模索する僧侶とも出会いました。

お寺の協力を得ながら、“現代の寺子屋”をつくれないだろうか? 同世代の僧侶の協力も得ながら、荒木さんは現代の寺子屋づくりに向けて動き始めました。

一人ひとりに合う、一生学び続けるかたちを

2013年3月、荒木さんは日本経済新聞社を退職。それから、NPO設立までの約1年をかけて、小中学生の保護者へのヒアリングや教育現場の見学を行いました。

少子化が進む日本では、教育ビジネス市場は縮小傾向にありますが、旧来の学歴を重視する受験教育に疑問を持ち、新たな教育のあり方を求める動きはあります。塾ビジネスの主なコストは人件費と会場の賃貸料。活動の主旨に共感するお寺に会場を安価で提供してもらえるなら、少人数クラスでの新しい教育の場を運営できると、荒木さんは考えたのです。

文献を調べてわかった、江戸時代の寺子屋の様子にも少なからず影響を受けました。

荒木さん:江戸時代の寺子屋は、教える内容も教える人も非常に多様だったんです。農村部では野菜を持って行けば読み書きそろばんを教えてくれる福祉的な寺子屋、都市部では蘭学を教えたり、藩校に行くための予備校のような寺子屋もありました。

先生も僧侶だけでなく、神官、武士、町医者、農民などさまざま。今の時代に寺子屋をつくるなら、地域のニーズ、主催者や子どもたちの思いを反映したいと思いました。

円通寺・春日会館「学び合いコース」グループワークのようす

円通寺・春日会館「学び合いコース」グループワークのようす

荒木さんは、「参加者の多様性」「場の個別性」「教育目標の長期性」という、江戸時代の寺子屋とも共通する3つの要件を持ち、「変化の激しい時代をより良く生きるための力を、すべての参加者が身につけられる学びの場」を“現代の寺子屋”として定義。2014年にNPOを設立すると、京都市内の3か寺で「Tera school」を立ち上げました。

現在、「Tera school」には、小学3年生から高校3年生を対象とする3つのコースと、「学び合いコース(平日に週2回)」、「探究コース(土日に月1回)」、「プログラミングコース(土日に月2回)」、5歳〜小学2年生を対象とした「Tera school Kids(平日に週1回)」があります。

いずれのコースにおいても重視されるのは、学びに対する子どもたちの自主性。たとえば「学び合いコース」では、子どもたち自身が最大10年先までの目標を設定するそう。

荒木さん:3か月ごとに、子どもたち自身が1年、5年、10年先の目標を設定してします。各目標の関連性や設定のしかたについては大人がフィードバックをしてサポート。子どもたちは、長期目標を逆算するかたちで日々の勉強に取り組みます。

将来の仕事、行きたい大学を設定する子もいますが、僕たちは「人と話して喜ばせるのが好き」「細かい作業で完成度の高いものがつくりたい」など、抽象的であっていいと思っていて。「三つ子の魂百まで」と言いますが、将来にも生きる性質がわかればいいなと思います。

「探究コース」では、調べ学習のスキルを身につけたうえで、自分が本当に興味のあるテーマを見つけて研究します。

「プログラミングコース」では、算数/数学や情報科学の重要な考え方を、楽しみながら身につけていきます。

「プログラミングコース」では、算数/数学や情報科学の重要な考え方を、楽しみながら身につけていきます。

また、生活保護および就学援助を受けている人を対象とした「奨学生制度」も設置しています。書類審査と面談をしたうえで、受講料を全額免除。教育格差の是正にも一石を投じたい考えです。

複数の大人が育てる“人間本来の子育て”に近づける

「Tera school」のもうひとつの特徴は、教える・教えられる関係のフラットさ。現在は30名以上の大学生・社会人スタッフがボランティアで関わっています。面白いのは、「学び合いコース」では、スタッフも勉強していること。子どもたちに質問されるとき以外は、本を読んだり語学や資格の勉強をしたりしています。

取材後、私も「学び合いコース」に参加。教育の専門家ではなくても、子どもと机を並べて学び合えることがとても新鮮でした。

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荒木さん:教員志望の大学生スタッフが実践経験を積めるのはもちろん、そうでないスタッフにとっても、子どもたちの成長を支援しながら、自身の学びへの意識を高められる場になっています。

また、シニアの方にとっては、自分自身学んだことを次の世代に還元していく場にしてもらえるとすごくいいですよね。教育に関心のある人は多いので、いろんな方に関わってもらえる可能性があると思います。

荒木さんが、多様な大人の関わりをつくろうとする背景には、霊長類学の研究者・松沢哲郎先生に聞いた「人間本来の子育て」のあり方も影響しています。

荒木さん:チンパンジーは4、5歳になって離乳するまで、母親がずっと抱えて育てます。ところが、人間は仰向けで安定できるように進化したので、母親は年子を出産できるようになりました。

そのときから、人間の子育ての特徴は「複数の大人で複数の子どもを育てること」になったと聞いて、本当にそうだなと思うんです。

いろんな大人と関わることで、「Tera school」の子どもたちは、人との関係の築き方も自然に学んでいきます。そして、大人たちとの関係、子ども同士の関係が育まれ、場に安心感ができていくと学ぶ意欲が高まっていくのだそう。

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荒木さん:自己表現がうまくなる子が多いなと思います。少人数で、自分が言ったことを誰にも否定されない環境をつくっているので、最初はおとなしかった子もだんだん話すようになります。

保護者の方に「参観日に手を挙げているのを見てビックリした」と言われたこともありました。スタッフに触発されて、進学について新しい目標を持つ子もいます。

複数の大人が関わることによって、子どもたちは人間関係の築き方を学べます。また、「Teraschool」での関係性への安心感は表現力を育み、学びの意欲に結びつくのです。まるで、一つひとつの「Tera school」の場が、自発的に機能し、好循環を作り出しているように思えました。

教育に関わる人の総量を増やしたい

現在、「Tera school」を開いているのは、京都での3か寺に加えて福井県・福井東別院、東京都大田区・徳浄寺の5カ所。このほかにも、2020年に予定されているプログラミング必修化に向けて、小学校の土曜学習でプログラミング学習も実施しているそうです。

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荒木さん:昨年、京都市内の小学校2校で実施したときは、先生方と保護者のみなさんにもスタッフになってもらいました。僕らがいなくても、自分たちでプログラミングを教えられるようになると理想的だと思います。

「教育に関わる人の総量を増やしたい」と言う荒木さん。今後は、子育て・教育の場をつくりたい社会人向けの教育プログラムの立ち上げも射程に入っています。

荒木さん:教育事業において行き詰まるのは、マーケティングやマネジメントなど経営の部分だと思うんです。学校の先生を退職した方、子育てしながら学びの場をつくりたい方向けに、教育と経営を同時に学べる場を東京や京都につくりたいと思います。5年後くらいには主要事業のひとつにして、卒業生をお寺につないでいきたい。

寺子屋プロジェクトが目指すのは、より良い学びを実現する「現代の寺子屋」のモデルを全国に広げていくこと。そして、みんなが学び続け、誰もが子育てに関われる社会をつくることです。

7万5000か寺のうち、たとえ2%で「Tera school」が始まったとしても1500の場が生まれることになります。それぞれの地域の特色、スタッフや子どもたちの個性が現れた、唯一無二の学び合いの場が広がっていくことを考えると、ちょっとワクワクしてきませんか?

「Tera school」では、大人のボランティア参加も随時受け付けています。もし、興味を感じたら、最寄りの教室を一度見学することを心からおススメします。

取材・文:writin’room 杉本恭子

■企業情報

特定非営利活動法人 寺子屋プロジェクト
〒600-8413 京都市下京区大政所町680-1 第八長谷ビル2階
TEL |050-3690-4152
URL|https://www.teraschool.jp

荒木勇輝(あらき・ゆうき)

1984年京都府生まれ。京都大学文学部卒業。2008年から13年まで日本経済新聞社に所属。東京本社、京都支社の記者として企業や大学、行政の取材を担当。2014年、特定非営利活動法人寺子屋プロジェクトを設立。現代の寺子屋「Tera school」を運営する。