快適で安全な寝床環境を通して睡眠を改善。人と自然に優しい寝具を提供する「イワタ」

睡眠は、人生の3分の1を占めると言われています。気持ちよく眠れた日は1日元気に過ごせますし、寝不足の日が続くと思うように仕事が進まないことも。人の健康や仕事の生産性にも影響を与える睡眠。この分野にいち早く着目し、より良質な睡眠環境を探求している「これからの1000年を紡ぐ企業認定」第4回認定企業 株式会社イワタ 代表取締役 岩田 有史さんにお話を伺いました。

良質な睡眠環境の提供を通して、人々の健康増進に貢献したい

日本を代表する睡眠の研究者らに教えを受け、研究機関と産業経済をつなぐ橋渡し役として活躍する岩田さん。異業種とのコラボレーションや大学との共同研究に取り組むことで快眠ビジネスの新たな可能性を開拓し、眠りのメカニズムを取り入れた数多くのヒット商品を世に送り出しています。

「私たちは、良質な睡眠環境の提供を通して、人々の健康増進に貢献します。」

岩田さんがこの経営理念を策定されたのは1992(平成4)年。ある女性社員の一言をきっかけに、健康な生活には良質な睡眠が不可欠であると再認識し、自社の理念として明文化されました。

岩田さん: 私たちは、羽毛、キャメル、ヤク、ホースヘアー、麻などの天然素材を用いて、睡眠科学をベースにした独自技術により高機能寝具を製造しています。私は1988(昭和63)年から独学で睡眠の研究を始めましたが、当時は寝具が睡眠の質に影響を与えることはあまり知られていませんでした。寝具の新作といえばカラーや羽毛の産地、デザインが変わるくらいで、機能的な進歩はほとんどなかったのです。しかし、調査を進めていくうちに、良い眠りを求めている消費者に対して寝具メーカーの製造開発力が足りておらず、世の中のニーズに業界が対応できていないことに気が付きました。当時はそのような考えを持つ企業は少なく、そもそも睡眠について学べる場がないという状況からのスタートでした。

良質な睡眠環境の提供を理念に掲げ始めた時、従来の営業トークに慣れている古参社員からは拒否反応がありました。また、問屋や寝具店も睡眠科学の知識を持っていなかったため、社内でも社外でも理解を得るのに苦労しました。そこで、まず取り組んだのが従業員教育です。社員への睡眠科学の研修を実施して、良い眠りについての理解を深めていきました。

また、寝具店や問屋の方々にも睡眠科学を理解してもらう必要があると考え、外部の調査会社に協力を依頼し、消費者の睡眠意識調査を行いました。その結果、消費者は睡眠に問題意識を持っており、睡眠環境を改善したいというニーズがあることをデータとして示すことができました。その調査レポートを取引先の問屋に持参してまわり、消費者の意識を伝えました。また、新聞社にも協力していただき、睡眠の研究者を招いて、消費者向けの講演会を開催しました。その講演会に問屋や寝具店の方を招待するなど、消費者の睡眠に対する関心の高さを業界全体に啓蒙する取組も行っていました。

安全・安心で良質な寝具を、できる限り持続可能な仕組みで提供するために、イワタは以下の3つのS(SLEEP、SUSTAINABLE、SAFE)をテーマに事業を展開しています。

SLEEP ─ 良質な睡眠を提供 ─

心身の疲れを癒し明日への活力を高めるためには、良質な睡眠が欠かせません。睡眠の質は、寝室や寝床の温度や湿度に大きく影響されます。日本には四季があるため、寝室の環境や人のからだの発汗作用などが季節によって変動します。さらに国土が南北に長いため、地域によっても気候が異なります。住宅の構造も木造、プレハブ、マンションなどそれぞれに断熱性能や日当たり、通気性が違い、商品開発は非常に難しいのです。イワタの寝具は、変化の激しい日本の風土を考慮しながら、四季を通して快適に眠れる寝床環境の実現を目指しています。

岩田さん: 経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の睡眠時間は先進国の中で最低水準、世界的に見ても特異な短さであると言われています。日本ではおよそ5人に1人が睡眠に悩みを抱えています。質の悪い睡眠や短時間睡眠が精神面に悪影響を及ぼすことが広く理解されるようになり、ストレス耐性の向上や人間関係の円滑化のためにも、質の良い睡眠が求められています。とはいえ、不眠症などの診断を受けて治療を行う人は少なく、多くの人は眠りの質に不満を感じてはいても特に対策を講じないというのが現状です。

イワタの寝具は、様々な自然素材でつくられています。天然繊維は保温性、吸湿性、放湿性に優れているので、寝床内の温度や湿度を安定させる働きをしてくれます。素材は季節に応じて使い分けます。例えば、四季を通して使用する敷き布団・マットレスには、キャメルを中心に動物の毛を使います。キャメルは、ゴビ砂漠に生息するフタコブラクダの毛です。保温性が高いため冬でも暖かく、放湿性が高いため夏でも蒸れにくいのが特徴です。一方、夏に活躍するのは植物繊維。夏の暑い日には背中の温度・湿度の上昇が不眠の原因となるので、吸湿性・放湿性に優れた麻の敷きパッドがおすすめです。

最近は、寝具だけでなくベッドの製造開発も進めています。より良質な睡眠環境を追求したいという思いから、取扱商品が広がっていきました。木材産地、製材所、家具工房、デザイナーの方々にご協力いただき、それぞれの知恵と技術を結集して「日本の木でベッドを作るプロジェクト」を立ち上げました。日本は資源が少ない国だと言われますが、森林資源は豊富なんです。にも関わらず、木材自給率は35%程度と資源が有効に活用されていない状況です。カラマツ(北海道・長野県)、ヒノキ(高知県・和歌山県)、カバ(北海道)、イタヤカエデ(北海道)、ナラ(北海道)のベッドを作ることで、国内の森林資源活用に取り組んでいます。今年は新たに、国産の孟宗竹を素材にしたベッドを発表しました。

SAFE ─ 安心かつ安全な品質 ─

人が一生のうちで最も時間をかけている睡眠。それだけ長い時間を過ごす寝具は、安全・安心なものであるべきですよ。ところが、繊維製品に関する法規制において、日本は世界に遅れをとっています。欧州・中国をはじめ諸外国では何年も前から様々な有害物質の規制が始まっており、取引をする際には安全証明分析試験による証明が必要となっています。日本ではようやく2016年4月に、発ガン性があるとされる有害物質アゾ染料が規制されるようになったばかりです。そのような中、イワタは2002年から繊維製品の国際的安全規格である「エコテックス認証」※を取得し、世界水準で安全を実証された製品を提供しています。

岩田さん: 人は敷き布団と掛け布団の間に入って眠ります。布団に挟まれた空気に気体化した有害物質が含まれていたら、良質な睡眠が取れるでしょうか。

有害物質に対する安全基準「エコテックス認証」のマークを初めて目にしたのは、ヨーロッパの百貨店を訪れた時でした。ほとんどの肌着に付いていたのです。帰国後すぐにエコテックスについて調べ、全ての取扱製品に認証を取得しようと決意しました。寝具の種類は、掛け布団、敷き布団、マットレス、ベッドパッド、枕、シーツ類など多岐に渡ります。細かいパーツも含め全ての製品に認証を受けるには、結構なコストがかかりますし、仕入先にも負担をかけました。しかし、健康的な眠りのためには、寝床内環境の安全性を確保することが必要だと思ったのです。

IWATAブランドの寝具は、主素材である生地・羽毛・天然毛に加え、縫い糸・ファスナー・織ネームなどの付属品・パーツも全て、有害化学物質の検査を受け、安全性を確認したものを使用しています。外部から仕入れる資材も、検査結果がエコテックス基準に満たない場合には仕入先に相談して、原因究明と改善策を実施し、安定的・長期的な調達につなげています。

※エコテックス認証とは
繊維製品に含まれる人体に有害な物質の使用を禁止あるいは制限し、基準をクリアした製品だけに発給される繊維製品の国際的な安全規格です。日本では一般財団法人ニッセンケン品質評価センターが唯一のエコテックス認証機関として、エコテックス®スタンダード100に基づく安全な繊維製品の認証活動を進めています。

SUSTAINABLE ─ 持続可能なものづくり ─

寝具は全ての人が使用するものであり、年間1兆円の市場規模があります。しかしながら、本や衣料品、家電のように再利用されることはほとんどありません。毎年古くなった寝具が大量に廃棄されており、「つくる→使う→捨てる」という一方通行の消費形態から抜け出せていないのが現状です。

岩田さん: イワタが目指すのは循環型のものづくり。使い捨ての消費サイクルを変えるため、商品開発の際には資源の循環を意識しています。羽毛やキャメルをはじめとする自然素材を中心に、できる限り再利用・再資源化が可能な材料を使用し、商品寿命が長くなるように、日干しや水洗いなど家庭でのメンテナンスが可能な仕様を心掛けています。また、国産材を利用したベッドの開発は、適正な森林整備を進めていくことにもつながります。

SDGs(持続可能な開発目標)の目標12「つくる責任とつかう責任」に示されているように、経済成長と持続可能な開発を両立させるためには、私たちの生産・消費の方法を変え、天然資源を適切に管理する必要があります。自然素材・国内木材の有効活用、商品を定番化して長く販売すること、安全性の確保、メンテナンス、再生、アップサイクリング(元のものより価値を高める再利用)などを通して、持続可能な循環型の豊かさを提案していきたいと考えています。

アップサイクリングの一環として、イワタでは自社製品・他社製品を問わず、羽毛ふとんの仕立直しを行っています。嫁入り道具のひとつとされた婚礼布団など、思い出深い寝具をお持ちの方もいらっしゃいます。寝具を長く大切に使ってもらいたいという思いから、どのメーカーの製品であっても当社の技術で再生させていただこうと決めました。最初はお試しで布団を1枚だけ持ってこられて、その後、家族全員分の仕立直しをご依頼くださる方も多いです。

チンパンジーのベッドをヒントに作られた「人類進化ベッド」

快適で安全な寝床環境を通して睡眠を改善するために、様々な取組をしているイワタ。最近、注目されているのが、チンパンジーのベッドをヒントに作られた「人類進化ベッド」です。

岩田さん: 健康面から睡眠への関心が高まり、テレビや雑誌でも睡眠が取り上げられる機会が増えています。そのような中、私たちが新たに取り組んだのが、人類学者による野生のチンパンジーの研究をもとにした「人類進化ベッド」の開発です。チンパンジーは巣に定住せず移動しながら生活するため、毎日枝や葉を集めて木の上にベッドを作ります。枝葉を器用に組み合わせてものの数分で作り上げる楕円形のベッドは、頑丈な土台とふかふかの布団の二重構造になっていてとても寝心地がいいそうです。人類進化ベッドも楕円形なので、横たわる方向によって頭を置く枕から足枕までの長さを変えることができます。また、ベッドの脚が曲線を描いていて、360度どの方向にも揺りかごのように揺れるのも特徴です。

数多くのマスコミがこのベッドを紹介してくれて、チンパンジーの寝床に関する研究も広く知られるようになりました。ありがたいことに2016年に京都デザイン賞、2017年にグッドデザイン賞をいただき、2018年には「IDEA2018」(International Design Excellence Awards・米国)のデザイン賞にてフィーチャード・ファイナリストに選ばれ「IDEA Gallery」に登録されました。

私たちは、これからも良質な寝具の提供や、睡眠知識の普及・啓蒙活動を通じて、上質な眠りをお手伝いしていきたいと考えています。

取材・文:石井 規雄 / 柴田 明(SILK)

■企業情報
株式会社イワタ
〒604-8101 京都市中京区柳馬場通御池下ル柳八幡町65 京都朝日ビル7階
TEL|075-211-8321
URL|http://www.iozon.co.jp/

岩田 有史(いわた ありちか)

快眠術の専門家。1988年より睡眠の研究を始め、睡眠研究機関と産業を繋ぐ橋渡し役として活躍する。 眠りのメカニズムに裏付けられた見識は、数多くのヒット商品を送り出す。活動は商品企画だけに留まらず、多くの異業種コラボレーション、大学との共同研究およびコーディネイトなど快眠ビジネスにおける活動を推進している。著書:『なぜ一流の人はみな「眠り」にこだわるのか』(すばる舎)、『眠れてますか?』(幻冬舎)等多数。毎日新聞・快眠コラム「眠れてますか?」を343回連載。