越境コミュニティが生み出す新たな可能性|福冨 雅之|株式会社ホモ・サピエンス

今回の「SILKの研究」は、SILKフェローの福冨 雅之さん(以下、トミーさん)の近況を取り上げながら、イノベーションコーディネーターの井上 良子が感じた新しい可能性や未来の兆しをレポート形式でお届けします。きっかけはトミーさんから誘われて気軽に参加した「びわコワーキング」のオープンデーでした。

聴き手/執筆:SILKイノベーション・コーディネーター 井上 良子

[目次]

1. 「びわコワーキング」オープンデー
2. 地域資源を活かしてライフスタイルをつくる”Otsu Living Lab”
3. 新会社ホモ・サピエンスが提案する「ローカルキュレーション」とは
4. 越境コミュニティとしての新会社
5. 共創によるオープンイノベーションの場:「What a wonderful otsu !! Vol.2」

「びわコワーキング」オープンデー

2023年8月4日、快晴の夏空のもと、滋賀県は大津市にある「びわこ文化公園」で開催された「びわコワーキング」のオープンデー。トミーさんがOtsu Living Labのメンバーと定期的に開催している「びわコワーキング」は、単なるイベントではなく、滋賀の美しい⾃然や地域⽂化を感じながら、⼈と⼈、⾃然とのコミュニケーションを育むライフスタイルそのものを提案する取組です。いつもなら琵琶湖のほとりで開催されるところ、この日はびわこ文化公園内に新しくオープンしたおしゃれなカフェが会場でした。

その日の「びわコワーキング」は特別な機会だったことを、参加してから知りました。なんと、トミーさんが新たに参画する株式会社ホモ・サピエンスの設立日だったのです。そんな重要な日だとは知らないまま、気軽な気持ちで参加したオープンデーでしたが、関係者のみならず市役所職員や信用金庫の支店長、地元企業の方、NPOで活動されている方など、大津だけでなく京都や大阪からも参加者が集まっていました。

13時からスタートしていたオープンデー。私が会場に着いた18時過ぎには、自由に人が出入りして緩やかに混ざり合う、まさにオープンな空気感に包まれていました。開放的なテラス席には、犬の散歩がてら立ち寄る方の姿も。陽が沈み暑さも少しおさまった19時頃から、新会社の設立キックオフイベントが始まりました。まず紹介されたのは、Otsu Living Labの活動経緯やメンバーの取り組みについて。

地域資源を活かしてライフスタイルをつくる”Otsu Living Lab”

そもそもリビングラボとは、私が「オープンイノベーション2.0」をテーマに執筆した研究コラムの中でも少しだけ紹介した「オープンイノベーション」の実践の場です。「Living(生活空間)」と「Lab(実験場所)」を組み合わせた言葉で、その名の通り、研究開発の場を人々の生活空間の近くに置き、生活者視点に立った新しいサービスや商品を生み出す場所を指します。また、場所だけでなく、サービスや商品を生み出す一連の活動を指すことも多いと言われています。
(参考:https://ideasforgood.jp/glossary/living-lab/

Otsu Living Labは「大津はもっとおもしろい。」というコンセプトを掲げてトミーさんを含む6人のメンバーが立ち上げた任意団体です。何か新しく創り出すことよりも、「今あるものを見つめること」を大事にしている点が興味深く、象徴的な特徴です。

地域を盛り上げようとするときに起こりがちなのが、安易に外部の専門家にブランディングを依頼したり、どこかで取り入れられている手法やアイデアを真似したり、つい「今ここにないもの」に目を向けてしまうこと。一方Otsu Living Labは、すでに大津にある面白い取組や人を柔らかいコネクターでつなげることにより、これまでとは違う魅力を引き出します。

たとえば、今回の会場である「びわこ文化公園」も地域資源の一つです。およそ43ヘクタールもの広大な敷地をもつ県営の公園なのですが、湖南丘陵の豊かな自然林に囲まれており、美術館、図書館、日本庭園や茶室などの県の文化施設と一体的に整備されています。ところが、残念ながらあまり存在が知られておらず、活用もされていなかったそう。

新しくオープンした公園内のカフェを会場として利用することで、これまで訪れたことのない人々に公園の良さを体感してもらうことができ、新しい活用の可能性が生まれていきます。トミーさんたちが今後力を入れていきたいのは、このような自然資源を活かした「野外イベント」の開催だそう。とくに公園は、子どもたちからお年寄りまで様々な世代が集いやすく、自然とのつながりを感じやすい場所です。

外ばかり向くのではなく、地域特有の資源を活かしながら、まちを内側から面白くしていく。すると自然と外からも人や資源が集まり、さらに魅力的で個性ある地域になっていく。このような動きは、私が関わる複数の事例に共通して見られます。

そんなOtsu Living Labは、行政や企業で働く人や個人事業主などのメンバーが、ヒエラルキーのないフラットな関係で、行政や企業の中ではできないことを実現できる場として活動してきたそうです。びわコワーキングに加えて、大津市内のマルシェをはしごする「京阪deマルシェ」など、アウトドアイベントを多く開催してきました。単にイベントを開催することが目的ではなく、いろいろな人とつながりながら、お客さんの声を聴き、多くの人が求めることを「ライフスタイル」として提案してきたと言います。企業が主体のイノベーションでは市民はあくまで受動的なユーザーに過ぎませんが、リビングラボを例とする「オープンイノベーション2.0」では、市民が主体となり継続的な活動を行う点に特徴があります。

新会社ホモ・サピエンスが提案する「ローカルキュレーション」とは

株式会社ホモ・サピエンスは、Otsu Living Labの活動を維持しつつ、“ちょうどいい暮らし”を次の世代の希望へとつなげていくため、大津という地域の生態系を創る「ローカルキュレーション」を掲げて設立されました。“ちょうどいい”という言葉は、実はトミーさんが8年前から活動の軸としているウェルビーイングの考え方に支えられています。今でこそSDGs(国連の持続可能な開発目標)に次ぐキーワードとして社会に広がっているウェルビーイング。身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、“幸福”と翻訳されることも多い言葉です。

トミーさんはさらに、人間にとっての“幸福”だけでなく、動物や自然も含めた地球や地域の生態系全体が“よい状態”で次の世代に受け継がれるように、今の世代の私たちが適切な規模や範囲で心豊かな生活を送ることをウェルビーイングと捉えています。そして、その実現手段として掲げたのが、地域の人・モノ・コト・自然・文化・アートなどをつなぎ合わせて新しい価値を共創し、共有できる場所としての「ローカルキュレーション」というコンセプト。

私自身が関わるプロジェクトや間接的に知っている他の地域の事例でも、その地域ならではの有形無形の資源・資産を活かすことで地域が活性化していくケースでは、住民の自発性をもとに地域の個性が育まれていきます。そのため、特定のプロジェクトや事業が終わっても、持続的に地域が発展しています。「ローカルキュレーション」はこれからの地域に必要な鍵となるアプローチだと感じました。

いろいろな人とコミュニケーションを取りながらライフスタイルを提案してきたOtsu Living Labの活動は、「コミュニティデザイン」という価値創出の設計に当たります。その価値をさまざまな事業を通じて社会に実装していく「クリエイティブ」の部分をホモ・サピエンスが担う形で、二つの活動体が両輪となって大津市の生態系をつくっていく。そんな説明を受けたオープンデーの参加者の間には、早速交流が生まれ、ワクワクが広がっていました。

▶️株式会社ホモ・サピエンスのwebサイト
https://www.homosapi.com

越境コミュニティとしての新会社

後日トミーさんに追加インタビューをしてさらに詳しくお話を伺ったところ、まず面白いなと思ったのが、今回の新会社は「価値観の異なる」メンバーも加わってチームになっているという点です。イノベーションは、「異なる知の組み合わせ」とも表現されます。価値観が同じメンバーだけでコミュニティをつくり外から異なる知を取り入れるのではなく、内部に異なる視点や価値観を取り込んで会社をスタートさせたことは、イノベーション創出の観点から見ると非常にパワフルだと感じました。

次にユニークなのは、新会社設立を言い出したトミーさんは、会社のオーナーではあっても代表・社長ではないということ。通常であれば、想いや理念をもって立ち上げた会社では、少なくとも共同代表になることがほとんどです。しかしトミーさんは、「社会の公器としてホモ・サピエンスを設立した。自分たちだけの会社ではなく、“地域の会社”になっていけばいい」と言います。そして同時にそれは「自分が公共になる」ことでもあるというのです。この点も興味深く、今回のコラムだけでは書き切れないので、また別の機会に掘り下げることにしますが、自分たちの会社が成長することだけを考えていたら出てこない言葉だということは確実に言えます。

ホモ・サピエンスのユニークさについて最後に指摘しておきたいのは、新会社の設立メンバーそれぞれが会社とは別のコミュニティをもっていることです。トミーさんは大津市のほか長浜市でも新しいツーリズムのあり方を提案しており、京都と滋賀をつなげる活動も継続しています。代表に就任した株式会社ツナグムの片山さんは、Uターン後に京都市の企業とのコラボレーション事業に携わってきました。他のメンバーも、まちを構成するものすべてを資源と捉えるSocial Workerとして地元で活動を積み重ねてきた岩原さん、2020年に大津市に移住し食を舞台に新たな価値づくりを仕掛けようとしている梅原さんという顔ぶれで、各自がテーマ性をもつ別のコミュニティ出身なのです。

つまり、ホモ・サピエンスは、別々だったコミュニティ同士が、共通のビジョンに向かって連携を図る「越境コミュニティ型」の会社だということ。この点についても別の機会にあらためて取り上げたいと思っていますが、すでにスタート地点から気になる点だらけの会社であることは伝わったでしょうか。

共創によるオープンイノベーションの場:「What a wonderful otsu !! Vol.2」

1回のコラムではまとめきれない面白さをもつホモ・サピエンス。最後に、同社が企画に関わっている来月開催のマルシェの見どころをお伝えして、今回は締めたいと思います。滋賀では琵琶湖の周りをサイクリングで楽しむ「ビワイチ」の日とされている11/3(祝)に、今年で2回目の「What a wonderful otsu !! Vol.2」が開催されます。会場となる大津湖岸なぎさ公園に14団体160店舗が集結する、大津市内最大級のマルシェの祭典です。大津港「ビワイチバイク」によるスポーツバイクの試乗会や、県内高校13校の軽音部が出演するけいおんストリートLiveも予定されるなど、大津市にとどまらない企画になっています。その盛り上がりに期待した大津市も「大津港にぎわい創出社会実験」の一環としても位置付けているそう。

何より、ここまでコラムを読んでいただいた方はお気づきだと思いますが、このマルシェも単なるイベントではないのがポイントです。これまで大津市内で別々に開催されてきたマルシェを一堂に集結させ、まさに越境コミュニティによる場を創出していること。また、単にモノを売る・体験するだけで終わらず、ライフスタイルという文化にまで繋がるように、出店者ともコミュニケーションを取りながら一緒に創り上げていること。コミュニティが越境し、出店を募る側・出店する側という従来の分断を越えて、フラットな関係性で共創するあり方は、これからホモ・サピエンスが地域で生み出そうとしている新しいオープンイノベーションそのものです。

今回のマルシェには、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」認定企業の「きゅうべえ」さんやピッチイベントに参加いただいた「ツーリストシップ」さんも出店予定とのこと。彼らがマルシェで出会うさまざまな人や異なる価値観と掛け合わされることで、どんなイノベーションが生まれるのか、引き続きフォローしていきたいと思います!

▶️「What a wonderful otsu !! Vol.2」の詳細はこちら
Otsu Living Lab instagram
https://instagram.com/otsulivinglab

▶︎ トミーさんのインタビュー記事
関係性から生み出す共創の在り方“プロセスシェア”|2021.07.27|SILKの研究


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福冨 雅之

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