【個別相談】「一般社団法人こころ館」 / 松原 明美さん
【SILKの個別相談支援 事業者インタビュー】 個別相談を通じてどのように事業や経営を「深化」させていったのか、事業者さまご自身の言葉で語って頂くシリーズです。
一般社団法人こころ館 URL:https://www.cocorokan.org/
「あるがままの自分」に自信をもたせるための研修事業を行う。
2013年法人設立。研究員4名 プロボノ研究員3名
秋葉: 個別相談が終わってから事業内容も見直されました。まず、こころ館の今の事業内容をご紹介ください。
松原さん: こころ館は、「本来の自分で生きる力を育む学びの場」を提供しています。今春、事業内容を改訂し、コアの「わたし研究室」を立ちあげて、私というものを研究する研修サービスの提供を始めました。本来の自分らしくある感覚「本来感」を取り戻してもらう研修です。本来感というのは、あるがままと同じ意味で、自分のいいところ好きなところも悪いところ嫌なところもすべて受け入れている状態に自分をもっていく、その力をつけていくのがわたし研究です。オリジナルメソッドを使って5つのバリエーションにしました。独自プログラムで展開する「働く女性」「ママたち」「大学生」「パーソナル」の4つと、企業のご希望に応じて組み立てる「企業向け」です。内容は、基本的に、観察→省察→ヴァルネラブル→本来感という流れです。弱みをさらけ出していく「ヴァルネラブル」の部分が重要で、これが人の変容に効果があることは最近の研究でもわかってきています。
■原点 鬱体験
秋葉: かなり整理されましたね。実は、松原さんご自身は、個別相談と並行して社会人大学院生として、このこころ館事業をテーマに研究に取り組んでいらした。
松原さん: はい。その大学院博士前期課程での研究成果を事業にフィードバックしました。生き方をもっと自分らしく、人から認めてもらうのではなく、自分らしくある、を持ちながら生きていくことが大事で、わたしを研究するのはそうなるためのものです。
秋葉: 少し時間軸を遡って、この事業の発端をご紹介ください。
松原さん: 私が30歳代前半に体験した鬱経験が根源です。当時、仕事に家事に忙しく追われるように生きていて、自分の周りで起こってことを無視した結果、自分の心を亡くして、そして鬱になった。「自分の中心に自分がない」「人から見られる自分ばかり」で生きてきたことに、鬱になって初めて気がつきました。そこから、自分がいったいどんな人間で、どんなことを求めているのか、ということを深く見つめました。
鬱の頃、どうやったら幸せになれるのかなと問いつづけていました。私は答えを外から持ってこようとしていて、例えば、結婚したらとか、子供を産んだらとか。でもそれでは幸せになれなかったんです。自分の中心が満たされてなかったら、いくらハッピーな出来事が外にあっても喜べない。そこで私は、自分の正直な気持ちをノートにさらけ出すという方法で自分への理解を深めていったんです。そうすると、それまでの生きづらさが解消されすごく生きやすくなって自分らしく生きることができるようになったんです。
これは自分だけなんだろうか、そう思って回復してから周りを見渡すと、私と同じように自分を亡くして生きてしまっている人がたくさんいた。それで心理セラピストを始めました。最初は個人の活動からです。
■2000事例からの言語化
松原さん: 当初、荒れた中学校の校長先生に直談判して、学校に入れてもらいました。そうしたら子供達も私と同じで、人の目ばかり気にして自分がない、という状態になっていた。そこで作ったのが絵本です。原形は2005年頃にできました。絵本を使ってみたら、子供達が実は・・・と素直に自分の気持を話し始めた。絵本ってすごくいいツールなんですよ! この実績から、京都教育大学附属京都小中学校の道徳授業の支援をし、研究授業でも使ってもらい、さらにこの実績から、セラピールームという部屋が学校に併設されることになったんです。子どもや保護者、先生のセラピー、また子どもの問題を学校と家庭をつないで解決する取り組みを現在も行っています。現在は、学校の中で母親が学べる「朝ママカフェ」の取り組みもスタートさせています。
こうして相談件数が2000件以上になって、人の心の流れが見えてくるようになりました。でも、それが言語化できずにいました。
秋葉: 大学院進学はお金も時間もかかる。よくふみきりましたね。
松原さん: これまでの体験をいかして、オリジナルメソッドをつくり「人が変わっていく流れ」をきちんと理論構築して言語化してプログラムにしないといけないと強く思ったからです。これができるのは、年齢的にも最後と覚悟を決めての挑戦でした。大学院(同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース)では、同級生は全員社会人で、お金も大事だけどちゃんと社会のことも考えている社会起業家が院生としてたくさん居て、そこで議論できること、助け合えることはとても大きいです。
秋葉: まるで“LIFE SHIFT 100年人生”の実践版ですね。SILKの個別相談ではこころ館の理念を時間をかけて研ぎ澄まして、さらに、その理念を具体的な事業でどのように実現していくかに、かなり時間をかけました。いかがでしたか。
松原さん: 相談でこころ館事業の方向性を整理してもらったので、とてもありがたかったです。なにしろ、当時、自分でもごちゃごちゃしていた。実は、SILKに来る前にコンサルタントにも何度か相談していたんですが何かしっくりこなかった。SILK個別相談の中で一番大切にして下さったことが秋葉さんの「こころ館の資産は”ニコニコ”ですね」。これを言われた時にともかくうれしくて涙がでました。その目線で私たちの組織のことを理解してくれたことは、今までなかったんです。どう儲けていくか、どう事業拡大していくか、そういう目線ばかり。相談ではずっと、こころ館らしさを大切にする、失わない、ということを言い続けてくれた。これがずっと心に染み込んでいました。
■小さくても本当のことをする
松原さん: なんでこころ館のメンバーはそんなに楽しそうなん?どうしてこころ館に居るの?という質問にメンバーがこう答えました。「こころ館では成長できる喜びを得ているし、人が本当の自分に出会う瞬間に立ち合える。その時の人の表情が美しくて、それが自分たちが幸せだと感じる瞬間で、自分達はすごく満たされている」これを聞いて、改めて“ニコニコが資産”なんだ!と実感しました。こころ館では人と人が損得で動かない「信頼エネルギー」がとても高いんです。メンバーも応援者もみんなワクワクしながら活動をしています。そんなこころ館が、世の中に価値を提供するには、市場にきちんと打ち出していくビジネスモデルを確立していかなければと改めて決意しています。これ、相談で整理してもらったからしっかり腑落ちしてるんですよ。今振り返ってみて、個別相談でやってもらったことの価値をしみじみ実感しています。私が個別相談で得たことは、かっこよく言えば、お金中心の市場経済に団体を合わせるのではなく、小さくても本当のことができる団体へと成長することなんだということです。
秋葉: とてもうれしいです。
■ニコニコが資産
松原さん: 普通はどうやって儲けるかという目線ばかり、でも個別相談では違う。私達のニコニコを中心に据えてこころ館が発展していく姿を描いたあの図(価値循環図のこと)を書いた時、みんなのモチベーションがものすごくあがりました。あの姿を自分たちで言語化して形にし直したのが今回の事業メニュー「わたし研究」なんです。信頼エネルギーを持っている組織は強い組織だと思っています。こころ館は、信頼エネルギーを中心に据えているのでみんなニコニコで、下働き作業も楽しそう。それは、みんなの心が満たされているから。自分らしくある感覚を持ちながら居られて、そこに信頼ができ深まっていく。ここには、お金とは違う形での報酬や満足感があるんです。
企業にこのサービスを届ける時も同じことだと思っています。実は、いまトライアルとしてH社さんで社員研修をやらせてもらっています。信頼が先にくるこのスタイルで事業をやれると感じています。お客さんとは信頼関係を作るところから。こころ館の価値をきちんとわかってもらったところにだけ、ちゃんと届けたいと思うんです。広く届けるよりは信頼の中で届ける、そういうやり方をしようと決めました。それがこころ館らしいから。
秋葉: 信頼が先にあってその前提でサービスがあるという商いのしかたですね。
松原さん: 商いの中心には、信頼エネルギーがあると確信していて、お金から見るのをやめようと決めました。スタッフも本当にこころ館の価値を見出している人だけが研究員として居る。お金を先に設定すると壊れていくんです。こころ館の資産ニコニコを大事に、といわれ続けて色濃くなってきました。
秋葉: 相談の中で最低賃金の議論をした時、こころ館は賃金という返し方だけではないのではないかという議論をしましたね。まさに、それを実務で形にしたというわけですね。
松原さん: ええ、こころ館のメンバー各人の仕事量はばらばらで、でも“私ばっかりたくさん仕事して!(ふんっなにさ)”という感覚はまったくないんです。みんな自分がしたいからしている。自分が日々成長しているからやっているし、サービスを届けた人が自分たちと同じように変わっていくことにやりがいを見ている。だから、こころ館のお給料体系は一般的な給料スタイルとは違う。労働時間の長さよりも、自分がやりきったかどうか、というところに価値を置きます。自ら進んで役割を担っている人々がすばらしいので、そういうところをきちんと評価していける組織でありたい。かっこよく言えば、信頼エネルギーを経営資源にして市場経済と融合していく形の事業展開を目指して行こうと思っています。これが私にとっての個別相談の成果です。
秋葉: この先をぜひ見たいですね。この事業自体が社会実験のようです。
■信頼の先に貨幣
松原さん: やっていて面白いです。スタッフから、こころ館の仕事はどんなに長い時間やっても不思議に疲れないのは心が疲れないからと聞きます。ダブルワークのスタッフもこころ館の仕事の方がストレスにならない。いかに、通常の仕事では自分を殺して、自分を偽って働いているのかよくわかります。ここに居るとそのままの自分でいられる。仕事というよりは、人生を生きている。ここに来ると楽しいし、自分で仕事作ってスキルをあげようとする。そしてこの環境は、みんなで作っています。
私自身が鬱から抜け出てもう15年もたつのに、幸福感がずっと持続しています。高給はないのに、とても満たされているのはなんでだろう。日常には嫌なこともあるし、嫌な人にも会う。でもそこに引きずられない自分があるんです。それは「本来感」があるから、心の中に自分の帰る「家」があるからです。
こころ館はまだまだだけど、いつもみんなニコニコしてます。だから外から見たらすごく成功しているように見える。すごいな!儲かってるんや!(笑)。
秋葉: 成功とはお金だ、と世の中では思われているからですね
松原さん: そうなんです。でもこころ館では成功とはニコニコなんです。お金の価値だけでみている人からは、なんのメリットが?とよく聞かれます。個別相談の途中、自分自身でも経営を考えて一時期お金に振り回された時期がありました。こんな素敵なスタッフに十分な給料を払わないと、世間から見下されてしまう。給料額で評価してもらえると思ってたんですね。だから何が何でもお金と思ってやってしまった。すると途中でみんなが楽しそうじゃなくなった。結局、お給料だけが価値じゃないって行きつきました。仕事を通じて得る幸福感も報酬なんです。
結局、私は経営者としてこころ館らしくできてなかったんです。事業を拡げようとして嘘を作ろうとしていた。お金を得るためもっともっとって、どんどん卑しい心が出てくる。儲け優先となるとおかしくなって、悪循環に陥る。もうやらんほうがましやとまで思いました。こころ館で届けようとしている価値の正反対を事業ではやろうとしていたんです。自分たちの価値って本当に大事です。
今はこの形で価値をわかってくれる人がいると信じられる。まず、こころ館と信頼関係を結んだ中でこころ館の価値をわかってもらってお金を頂く。そういうスタイルということも相手に伝えています。こんな取引の形、あり得るのか、と最初思ったんですけどトライアルを通じて信頼を得てそれが形になってきています。
秋葉: 貨幣を超えていきそうですね。
松原さん: そうですね。貨幣が先じゃない。信頼を作るのはできると自信と確信を持っています。だから、その先にお金がくる、それだけ。この形こそが、こころ館らしさと信じている。
取引や駆け引きのような相手だったら断るくらいの勇気を持とうと思っています。こころ館の価値を理解してくださり、信頼関係が築けたところに届ける。それでいいんだと思う。お金より、関わってくれる人々がニコニコになって幸せになることが大事。それが私の歓びだし同時にみんなの歓び。お金に惑わされて迷走したけど、もうぶれません。ここさえぶれなければいいんだと。
だから、本当にありがとうございます。
振り返ると個別相談が意識づけになっています。途中とても苦しかったあの時期、まだお金を基準に考えていたからこころ館の運営に自信が持てなかった。今は貨幣じゃない歓びをちゃんと認識できているから、だからもう怖くないんです。これでできるって。
■20年後の姿
秋葉:1に信頼、2にサービス、やった結果でお金はついてくる、ということですね。では、最後に20年後の姿を。
松原さん: こころ館の事業を通じて、本来感(自分らしくある感覚)を持ちながら、豊かな人生を送る人を世の中にいっぱいにするために「わたし研究室」から広げていきたい。
20年後、「わたし研究」を教育現場で当たり前に学べるようになっていてほしい。そのために、わたし研究室でずっと種をまいていきたい。20年後は見渡せばこころ館卒業生がいっぱいいて、幸せをあげたくなる人が増えていて、ニコニコが増殖している。あっちにもこっちにもニコニコがいっぱい。
SILKがカッコイイのは、SILKがなくなることが目標ということ。この考えは私にインパクトを与えてくれました。同じように、こころ館から発生したとわからなくていい。20年後、社会には本来感で満たされた人たちが増えている、ハッピーな世界が生まれていたらそれでいい。それが、メンバーみんなが共有する20年後のめざす姿です。一人一人の内側から湧いてくる“自分がしたいからする”。あるがままだからストレスにならない。そういう姿です。
最後にもうひとつ、カンボジアです。初期の頃カンボジア語で絵本出版して、カンボジアの妃殿下にも共感して頂き、当初よく関わって頂きました。妃殿下ご自身で読み聞かせもしてくださいました。日本の成果を携えて必ずカンボジアに戻ってくるとカンボジアスタッフに約束しました。内戦を経ているので、カンボジアにはこれが必要なんです。必ず、カンボジアに戻ります。
楽しみにしてください。
インタビュー:2017年8月9日
Photo:山中はるな、Text:秋葉芳江