人と自然の関係性を繋ぎなおし、新たなものづくりの生態系を育む「堤淺吉漆店」
工芸が、価値観や生活のあり方を考えるきっかけになる。そうお話ししてくださった株式会社堤浅吉漆店の専務取締役 堤 卓也さんは、漆を塗った木製サーフボードと共に世界の海に入り、漆という素材を通してご自身の思いを発信しています。京都市の山間地域である京北では、持続可能なものづくりを目指す「工藝の森」プロジェクトを運営。これまでの挑戦と今後の展開についてお話を伺いました。
photo by Ichi Nakamura
ものの価値は、自然から素材をいただいて、手間をかけて作って、という過程にある
── 第6回「これからの1000年を紡ぐ企業認定」の授与から約半年が経ちましたが、色々なところでご活躍を拝見しています。ジャパン・クラフト21主催の「日本伝統工芸再生コンテスト」最優秀賞の受賞、おめでとうございます。
ありがとうございます。周りの皆がすごいんです、僕は一緒にやってるだけで。今回賞をいただいて、改めて工芸の世界の価値観が変わってきていることを感じました。もともとは技術、つまりモノとしての美しさだけを見て評価する場だったのが、今はもっと広く、ものづくりの背景や活動にまで目を向け始めていて。だから僕たちが選んでもらえたんですよね。漆のサーフボードやスケートボードを作り始めた頃は、けっこう怒られたんですよ。足で踏むんか?おもちゃに塗るんか?って。
── イノベーションが生まれる時には、「漆はこう使うもの」というような固定観念から一歩抜け出すことが必要です。その分、摩擦も生じますよね。
もともと漆は生活の中で、矢尻をくっつけたり、割れた器を修理するのに使われていたんです。僕が子どもの頃は、じいちゃんが壊れた粘土の焼き物を漆で継いで直してくれました。漆が祈りの対象になっていったのは、1本の木から200gしか採れない貴重なものだからだと思います。その感覚は大事にしたくて。本質的には、ものの形よりも素材に意味があるというか。地球が年月をかけて育んできた植物や土で形作られているからこそ、作り手の思いが浸透し、魂が宿ったものになると思うんです。でも世の中には、素材や技術を無視して見た目だけを整えたような商品がたくさんあります。
ものを大事にする気持ちは、自然から素材をいただいて、手間をかけて作って、という過程を知ることで生まれる気がして。今は過程なんて見なくても、クリックしたら家に届くじゃないですか。使う人と自然や作る人との間が分断されちゃった中で、“もの”とどう付き合っていくのか……自然の素材を使って手仕事で作る工芸は、生き方や暮らし方を考えるきっかけとしてわかりやすいんじゃないかと思っています。
── 「工芸」は本来、実用性を備えた生活の道具として作られてきたものなのに、いつの間にか非日常的な存在になっているように感じます。
今の社会はものを売ることに必死でしょ。そりゃ、安いものを買おう、壊れたものを直すのは面倒やしまた買おうってなりますよね。僕もそうやし仕方がないと思います。皆忙しいから。でも、考え方がちょっと変われば、行動も少しずつ変わってくるはず。人は大事なことでもすぐに忘れてしまうけど、生活の中に漆や木があると、たびたび思い出すきっかけをくれるんです。
僕は材料屋で、より素材に近いところにいるから、工芸が人と自然との関係の中で成り立っていることを体感しやすい。だからこそ、今の世の中で工芸の文化と技術を残していくためには、裾野を広げないとどうにもならないという危機感がありました。といっても、皆に漆のモノを買ってほしいと思っているわけじゃなくて。漆っていいよね、工芸っていいよね、という価値観が広がっていくだけでも十分意味があると思うんです。1万円のお椀は漆の価値としては高くないけど、「1万円」という金額は僕にとっても高いですし。
海と山をつなぎ、守るために、100%天然素材のサーフボードを作りたい
── そのための1つの表現方法が、サーフボードなんですね。
そうなんです。自分が好きなことで表現すると、素直に広げていけるので。2020年の秋に、永原レキ、ホドリゴ松田、石川拳大と、工芸とサーフィンをつなぐ旅に出たんですよ。挙大はドキュメンタリーフィルム『OCEANTREE 〜 The Jorney of Essence 〜』の制作者です。この映画は木製サーフボードを題材にしているんですけど、彼らはサーファーとして環境問題にも取り組んでいて、多くの人を巻き込みながらビーチクリーンなどの活動も行っています。
海と山をつなげたいという思いが僕らにはあって。工芸が、つながりを目に見えるかたちで表してくれることに気づきました。サーフィンの映画で海以外のシーンが出てくることって、今まであまり無かったんです。でも、同じ時期に、海外のサーフフィルムの監督がうちの漆の工場や京北の山を撮影しに来てくれて。ちょっとずつ、海と山、そして日本の工芸と世界が、つながり始めている感覚があります。
── サーフボードは見るだけでなく実際に使ってもらえるものなので、よりダイレクトに伝わりそうです。
そう。だから、色んな土地で試乗会を開きたいんです。国内でも海外でも。実際に乗ってもらうと、伝わり方が全然違うので。サーフボードが僕の代わりに語ってくれるから、僕の下手な英語でも皆が必死で聞いてくれるんです。漆の手入れの仕方もワークショップで体験してもらいたい。アメリカの西海岸でも東海岸でも、多くの人が縄文時代から続く日本の漆文化を称賛してくれました。僕たち日本人はそういう意識が薄いですよね。もっと誇りを持たなあかんなと、彼らに教えてもらいました。
サーフボードは、ゆくゆくは京北の杉の木で作りたいです。地元の材料で自分たちの遊び道具を作ることがスタンダードになったらいいなって。100%天然素材のサーフボード作りも目指したい。今はまだ石油由来の素材も使っているんですけど、新たに買うのではなく建築現場で廃棄されるものを集めようと思っています。寄木や組子のような伝統的な木工技術も取り入れたいし、やりたいことは色々ありますね。シェイパー(サーフボードを削る職人)のホドリゴ 松田も工芸が好きで、宮大工の学校でも勉強したそうです。彼と僕と、徳島で藍染とサーフカルチャーをつないでいる永原 レキとか、仲間たちと一緒なら実現できると思っています。大切な海や山を守れるように、規模は小さくても動いていきたいですね。僕らは生きてるだけで自然を壊してしまうから。今、京北で築150年の農作業小屋をリノベーションして、サーフボードの工房を作っています。自分たちで地元の木材を張って、漆を塗って。
京北ではもう1つ、山の人たちとのプロジェクトも進んでいます。山では今「クマ剥ぎ」が大きな問題になっていて。クマが爪や牙で樹皮をがさっと剥いでしまうので、木材の一番いいところの価値がなくなってしまうんです。でもね、見方を変えればクマ剥ぎっておもしろいんです。新しい樹皮が傷を覆って独特の木目ができるから、クマと杉の木が作り出したアートとしてものづくりに活かしたいと思っていて。漆を使えば傷を固めることもできるし。漆のストロー「/suw」を作ってくれている吉田木工さんや林業家の四辻さんたちと一緒に模索しています。
漆できっかけを作れば、その先にいる人が何かを変えてくれる
── 堤さんはいつも素敵なお仲間に囲まれている印象があります。人を惹きつける力をお持ちですよね。
僕は自分のことでいっぱいいっぱいで……皆に助けてもらってばっかりです。なんかね、サーフボードを作るようになって、今までの人生で経験してきたことが全部つながった感じがあるんです。じいちゃんから受け継いだ漆がつないでくれてるのかなと感じています。それまでは、周りの人に漆のモノを売ることにどこか抵抗がありました。どうしても漆は高いから、日常生活で使ってほしいという思いと実際の価格との間に、自分の中の矛盾を感じてしまって。一方で産地の課題を考えると、自分が解決できることなんて1つもなくて。15年育てた1本の木からたった200gしか採れないものを今の社会で素材として成り立たせるなんて、どう考えても難しいじゃないですか。
でも、たくさんの出会いを経験したことで、わずかな量だからこそ、小さくても強い循環を生み出せれば次世代に残せるんじゃないかと希望を感じるようになりました。植えることから始まる、人と自然との関係性の中で循環するものづくりの輪を、増やしていきたい。
SDGsが注目され、プラスチックに変わる持続可能な素材として漆を植えようという活動も進んでいます。木を強くするための品種改良や樹液の採取の仕方など、研究すべきことはたくさんあるので嬉しい動きなのですが、そうやって大量に生産されたものを大切に使えるでしょうか?漆のような自然の素材は、今がよければいいっていう思考では成り立たない。あくまでも、人と自然の関係性や素材の力に敬意を持って、将来のことまで考えた上で扱うべきものだと思うんです。
── “もの”だけを見るのではなく、生産の過程やそれによる社会への影響を考える……というと難しく聞こえますが、突き詰めると「足るを知る」「ものを大切にする」というシンプルなことに行き着くように思いました。
そう思います。SDGsやエシカルが注目されていることは素晴らしいけど、結局は消費することを前提としていて。ものを買うことに対する意識が、少しずつでも変わっていくといいですよね。やっぱり個人の考え方や行動が変わらないことには企業は変わりません。お金を回さないといけないから。
これまでの環境破壊は、先人たちが生活を良くするために知恵を絞ってくれた結果であって、彼らは次の世代を困らせたかったわけじゃない。でもそれが間違っていたと気付いた僕たちは、これからはその技術を、美しい地球とともに楽しい未来を作るために使うべきだと思います。昔に戻ろうっていうことじゃなくて、技術が備わった分、新しくもっといい世界を作れるはず。僕にできることは小さいけど、きっかけさえ作れば、広がっていった先で頭のいい人や力のある人と何かを変えていけるんじゃないかと期待しています。
山や川に思いを馳せながら自分の家を手入れする。そんな暮らしが当たり前になってほしい。
漆は液体なので、何かに塗って初めて活きる素材です。僕にはたまたまサーフボードという表現方法が合っていたというだけで、色んな掛け合わせがある。昔は形あるものを作っていないことがコンプレックスでした。皆は色んなことを考えてものを作ってるのに、自分だけなんか無責任やなって。サーフボードを作るようになって、残りの人生をかけて取り組むべきことに出会えたという感覚がありました。
自分の家の床に漆を塗る。自分たちで手入れしながら住む。そういう暮らしを1つのカルチャーにしていきたいです。漆って難しいと思われているけど、ムラを気にしなければ拭き漆は簡単にできるんで。木材は、なるべく地元の山で採れたもので。材料費は少し高くなるかもしれないけれど、輸送の負荷や地元のことを考えたら経済的にも良いと思うんです。そういうのが当たり前になったらいいですよね。自分の家だけがよかったらいいんじゃなくて、まちとか山や川などの自然にも思いを馳せるようになると、お金のとらえ方も変わってくるし。
── とらえ方によって、値段には表れないものの価値が見えてくるんですね。堤さんの今後の活動が楽しみです。
松山幸子と共に共同代表を務める一般社団法人パースペクティブは、2021年11月1日に大阪大学エスノグラフィーラボと協定を結びました。今、森づくりとものづくりをつなげる活動の拠点として、京北に「Fab Village Keihoku」という場所を作っているんです。そこに森田 敦郎さんという人類学の教授が調査に入ってくれていて。京都工芸繊維大学Kyoto Design Labの津田 和俊 先生とも連携しているので、色んな視点から活動を見てもらえて、僕もめちゃくちゃ勉強させてもらっています。
京北はおもしろいんですよ。樹齢800年の杉の木がぼんぼん生えてる山とか、皆知らないでしょ。京北の丸太でハンドプレーン(手に付ける小さなサーフボード)を子どもたちと作って、川で遊んだり。色んなことができます。日本中、世界中からプロサーファーやかっこいいスケーターが来て、地元の子たちと遊んで、子どもたちが京北に誇りを持ってくれたら嬉しいなぁ。今作っている場所や活動はそのきっかけになれると思っています。
取材・文:石井 規雄 / 柴田 明(SILK)
■企業情報
株式会社堤淺吉漆店
〒600-8098 京都市下京区間之町通松原上る稲荷町540番地
電話:075-351-6279
URL|https://www.kourin-urushi.com/
https://www.urushinoippo.com/
堤 卓也
株式会社堤淺吉漆店
専務取締役明治42年創業。採取された漆樹液(荒味漆)を塗漆精製から、調合、調色を一貫して自社で行う、国産漆トップシェアの漆メーカー。4代目として漆の新たな価値観を伝えるプロジェクトを推進している。(一社)パースペクティブ共同代表。