子供たちに豊かな食卓を残したい。日本の食の価値を再定義し、世界にとどける「カンブライト」
「缶詰」のいいところってなんでしょう?まず思いつくのが、長期間、常温で保存ができるところ。また、形が均一で容器も丈夫なので、保管や輸送にも便利です。最近ではラインナップも豊富になり、珍しい食材を使った缶詰やこれまでにない多彩なメニューの缶詰も見かけるようになりました。
そんな缶詰の可能性に気づいた 株式会社カンブライト 代表取締役 井上 和馬 さんは、15年間IT業界でソフトウェア開発に携わった経験を活かし、「缶詰×IT= Food tech」事業を展開する株式会社カンブライト(以下、カンブライト)を設立しました。
日本では、第一次産業と呼ばれる農業や漁業の跡継ぎが不足しています。農業や漁業だけでは十分な所得を得るのが難しく、仕事を求めて都会へ移る若者が後を絶ちません。地方の地場産業である食品製造業も年々規模が小さくなり、日本各地で豊かな食文化が失われつつあります。
そんな現状に危機感を抱き、「子供たちに豊かな食卓を残したい」という強い想いで新たなビジネスモデルを創出する井上さんにお話を伺いました。
ソフトウェア開発の経験を応用して「豊かな食卓の減少」という社会課題に挑む。
井上さんは、大学卒業後にソフトウェア開発会社に入社。受託開発や企業向けパッケージソフトウェア開発を経験後、WEBプロモーションのマネージャーとして働いていました。そんな井上さんが缶詰事業を始めたきっかけは、あるテレビ番組を見たことでした。愛媛にある株式会社エイトワンという会社が地方活性化を目指す起業家を募集していることを知り、応募を決断したのです。
井上さん: 私は、母親からの愛情を「食事」で与えてもらったと感じています。なので、昔から食べること、料理をつくることが大好きでした。私にとって「豊かな食卓」とは、美味しいものを食べて、楽しい会話と笑顔が溢れている食卓です。でも今の社会では、共働きやひとり親の家庭が増え、一人で食事をする子供も少なくありません。「豊かな食卓」が減ってきているということに、大きな課題を感じていました。
一方で、生産する側に目を向けると、少子高齢化によって農業や漁業の生産者が減り、さらに人口減少が重なって食品の国内需要も減り続けています。このままでは、日本の食料自給率は急激に下がっていきます。食の分野で新たなチャレンジをする人たちに、何か貢献できないか?と考え、これまでの経験を活かして地方の生産者やメーカーに世界の市場で勝負できる手段を提供したいと思いました。そこで、常温で長期流通ができる缶詰に特化して、商品開発事業をスタートすることを決めたんです。
井上さんは食品業界のことを調べる中で、食品製造業の仕組みは大量生産・大量消費・大量廃棄のビジネスに最適化されていることに気づきました。新たなチャレンジをするにはリスクもハードルも高く、アイデアを持っていても実現する手段がないのです。
そこで井上さんは、IT業界でよく用いられるアジャイル型の開発プロセスを食品に応用しようと考えました。アジャイル型の開発は小さいところから始めて軌道修正を繰り返しながら事業を成長させていくので、小さなチームでの商品開発に適しています。地方や生産者、食材メーカーなどが世界の市場にチャレンジできるプラットフォームを作り、商品開発力で子供達に豊かな食卓を残したい。「缶詰」にかける井上さんの想いは、徐々に明確になっていきました。
作り手・売り手・買い手をつなぐ食品開発のプラットフォームに
これまでは缶詰といえば、ツナやコーン、柑橘類などの食材がほとんどでした。食材缶詰の価値は、大量生産による価格の安さと利便性。そのためか、サバ缶をはじめとした味付きの缶詰にも「安かろう悪かろう」というイメージがついてしまっていました。しかし、5年ほど前から質を重視した缶詰が売り出され、家飲みのつまみとして人気が出始めました。お酒と缶詰を提供する飲食店も登場し、価格は少し高いけれど、その分味や素材、パッケージにも凝った「グルメ缶詰」の市場が広がっていきます。
この流れを受けて、地元の食材を活かしたお土産用の缶詰を作りたいというニーズが増えてきました。しかし、従来のOEM工場はロット数が大きいので、多額の資金がないと商品開発ができません。缶詰を作りたい人や会社にとってはリスクが高い上に、工場側にも商品開発の情報やノウハウがないので、新しい挑戦が難しい市場になっていました。
井上さん: 流通を担う百貨店やスーパーのバイヤーも、地域食材を使った常温販売ができるギフト商品を求めています。海外でも、日本の素材を使った品質の良い食品はとても人気があります。作りたい人がいて、売りたい人がいて、買いたい人もいる。でも、開発から製造、マーケティングまで引き受けられる事業者がおらず、ニーズを満たすことができていませんでした。そこで、当社が作り手・売り手・買い手の間をつなげる役割を担おうと考えました。
カンブライトの商品開発は、小ロットで繰り返し改良をしながら、売れる商品に育てていくというプロセスで行われます。生産者やメーカーの商品をプロデュースする際には、作った商品をどう売るかを考えるのではなく、「売れる商品をどう作るか?」を考えることが重要だと伝えています。
井上さん: 一般的な缶詰工場では数千個、数万個単位でしか製造できませんが、当社では100個単位での商品化が可能です。作り手にとって、リスクが小さく済むことは大きなメリットになると考えています。また、製造だけでなく、商品のコンセプト作りからレシピ開発、製造テスト、パッケージデザインまで一気通貫した支援を行っています。販売数が増えてきたら、当社のネットワークを使って外部の工場に製造を委託します。そうすると、商品を改善しながら、段階的に生産量を増やしていくことができるんです。
自分たちの商品が売られているところが見えると、喜んでくれる
カンブライトの事業は、多くの人たちに変化を生み出します。たとえば農家の方は、傷がついたり形が悪かったりする規格外品の扱いにとても困っていて、廃棄処分になる野菜も少なくありません。特に最近は台風や大雨などの災害が多いため、リスクを考えて積極的な作付け(生産計画)ができずにいました。
カンブライトの商品開発支援は、農業・漁業の6次産業化を可能にします。
※6次産業…第一次産業である農業・漁業の生産者が、第二次産業である食品加工や第三次産業である流通・販売にも事業を展開すること。
規格外の野菜を加工品にして売ることができれば、農家さんは強気の作付けができます。加工品にすることで、これまで廃棄していた規格外の野菜に付加価値がつき、利益を生むようになります。また、収穫時期に限らず、年間を通してお客様とコミュニケーションを取ることができるのも大きなメリットです。キッチンカーを作って、お客様への直接販売を始めた農家さんもいます。
井上さん: 特に、農協や漁港、加工業者に業務用の卸をしている生産者さんは、自分たちの商品がどこでどのように売られているかを知ることができません。自分が育てた野菜や獲った魚が、おしゃれなパッケージでお店に並んでいるのを見ると、「嬉しい」「作りがいがある」と喜んでくださいます。
カンブライトの挑戦は、買い手である消費者にも価値観が変わるような体験を提供しています。「缶詰はあまり美味しくない」「添加物や保存料がたくさん入っていそう」と思われている方も多いのではないでしょうか。
サバ缶には、近年のブームによりダイエットに良いという健康的なイメージがつきましたが、その対象は水煮など一部の商品に限られています。缶詰全体で見ると、まだまだ「安かろう悪かろう」というイメージを脱しきれていない、と井上さんは言います。
井上さん: 当社のプロデュースする缶詰は、手作りの少量生産で、それぞれの商品に作り手のストーリーがあります。そして、味にはかなりこだわっています。食べていただいた方から「缶詰じゃないみたい」と言われたこともあります。添加物や保存料が入っていないので、贈り物にも安心だという理由で手に取ってくださる方も。少しずつですが、缶詰のイメージが変わってきた実感はありますね。手間暇かけて作っていることが伝われば、高くても買っていただけることも分かってきました。
地域の雇用を生み出す小規模加工場をネットワーク化する
現在、カンブライトの取組はさらに広がり、日本各地で小さな食品工場の立ち上げをプロデュースしています。使われなくなった建物やシャッター商店街、稼働していない加工場などを活用し、地域に雇用を生み出します。提携工場が増えることで、カンブライトにとっても事業の幅が広がるというメリットがあります。岡山県真庭市では廃校になった中学校の校舎を加工場に改修し、地元の特産品としてアマゴとジビエの缶詰を製造・販売しています。京都府与謝野町や兵庫県丹波篠山市でも加工場の立ち上げが進んでいます。
井上さん: 真庭市のプロジェクトは「若い世代に地域の産業を残したい」と起業された80歳のおじいちゃんと取り組み、ふるさと名品オブ・ザ・イヤーの地方創生賞に選ばれました。最初の半年間は当社からの製造委託で経験を積んでもらいましたが、今では「山の宝」という自社ブランド商品を立ち上げて製造を進めています。缶詰の製造加工の経験がなくても大丈夫。そこは当社が補います。地域に雇用を生み出すことが大切なので、徐々にノウハウを習得してもらい、地元の特産品を活かして自分たちで商品開発ができるように支援をしていきます。
製造につきまとうコストや品質、安全性の問題は、カンブライトがIoTを活用して解決できるようサポートします。小ロットの手作り工場は女性や高齢者など様々な人が働ける職場ですし、地方に産業ができれば、若者のUターン就職にもつながります。こうして各地にできた小規模なスマート工場をつなぎ、缶詰製造のネットワークを拡大しています。
地域共創ブランドを国内外で成長させる
井上さん: 「CANNATUREL」(カンナチュール)という自社ブランドを「地域共創ALL JAPANブランド」として育てていきたいと考えています。CANNATURELの商品は、生産者の顔が見える食材を、添加物や保存料、化学調味料を使わずに調理しています。素材と手間だけを贅沢に詰めた自然派缶詰ですね。希少価値の高いプレミアム缶詰として、少量多品種を国内外で販売していく予定です。ECサイトでの販売に加え、国内外の百貨店などでもご好評をいただいています。
農林水産省の資料によると、日本の食料加工品製造の市場規模は約38.7兆円。そのうち輸出率は1.4%しかありません。これは先進国の中で最低レベルの数値です。国内の食品消費量が減少傾向にある一方で、世界の食市場は2020年には2009年の2倍の680兆円になりました。人口増加と所得向上による急速な拡大は、今後も続く見込みです。井上さんは、国内だけで利益を出す必要はなく、海外での販売で出た利益を国内に還元し、第一次産業に携わる地域の人たちが世界の食市場にチャレンジできる社会を目指したい、と話します。
主役は地域の人たち!
井上さん: 「缶詰×IT=Food tech事業」として、ビジネスモデルに注目していただくことが増えてきました。しかし、私たちは主役は地域の人たちだと考えています。地域の食文化は、世界に誇れる日本の資源です。製造プラットフォームを提供することで新しいことにチャレンジする人を増やし、地域の活性化に貢献したい。その想いは大切にし続けていきたいと考えています。
地域の人たちに地元で稼ぐ力をつけてもらいたい。そう考えて、井上さんは商品開発ワークショップの開催や地域のデザイナーへの依頼など、その土地の中で新しいものを生み出す機会を提供しています。農業や漁業を生業とする人たちの所得が上がり、地方の地場産業である小規模な食品製造業が活性化し、日本全国に豊かな食卓が増えていく。思い描いた未来の実現に向けて、カンブライトはチャレンジを続けていきます。
取材・文:田中 慎 / 柴田 明(SILK)
■企業情報
株式会社カンブライト
〒604-8125 京都府京都市中京区中魚屋町508 ロマーネ高倉1F
TEL|075-205-5056
URL|https://canbright.co.jp/
井上 和馬(いのうえ かずま)
15年間ITの専門家として、受託開発、企業向けパッケージソフトウェア開発、WEBプロモーションのマネージャとして勤務。とあるTV番組をきっかけに株式会社エイトワンの大籔社長と出会い、缶詰事業へ転身。東洋食品工業短期大学社会人育成講習会に参加し食品加工について学び事業をスタートさせる。現在は缶詰プロデューサーとして食品開発のプロデュースやコンサルを年間50件ほど対応。リスクを抑えて「売れる」商品を作る新商品開発メソッドで、食品業界、1次産業に貢献できる事業を構築中。息子が3人おり、休みの日はご飯を作って家族に食べてもらうのが楽しみ。