命は命で元気になる。発酵文化を継承し、食生活から社会を健やかにする「発酵食堂カモシカ」

いい人生を送るためには、何を食べるかだけでなく「どう食べるか」が大事。そんな話を聞くと、ドキッとしてしまいませんか?京都・嵯峨嵐山にある、発酵食専門のカフェ&レストラン「発酵食堂カモシカ」。

様々な和の発酵食を味わえる「発酵8種定食」をはじめ、麹納豆丼、甘酒アイスなど、その場で食べられる発酵メニューを提供しています。セレクトショップでは、オリジナルの自家製発酵食やスイーツに加え、全国から取り寄せた発酵食品も販売。

「つくること」を生活に取り戻してほしいと考え、力強いメッセージを発信し続ける代表の関さんにイノベーション・コーディネーターの田中がお話を伺いました。

「発酵」は人生をかけて飽きずに追及する価値がある

田中: 以前はビジネスコンサルタントをされていたんですよね。発酵食の分野で起業しようと考えたのは、なぜですか?

関: 私の家は、両親が医療に関わる仕事をしていて、親戚にも医療や薬の業界で働く人が多かったんです。祖父は京都の北部でお寺の住職をしていましたし、命や死というものに日常的に触れながら育ちました。その流れで、大学や大学院でも自然と健康や医療、終末期ケアなどについて学ぶことを決めました。就職してからも、ビジネスのコンサルティングを経験した後は、医療コンサルタントとしてキャリアを積んできました。

関:発酵の世界へ飛び込むきっかけになったのは、子どもを産んだことです。当時は関東に住んでいたのですが、自然分娩で有名な愛知県の吉村医院で第一子の出産を経験し、第二子は自宅での出産を選びました。出産を通して、命を産むことの神秘と、人間にもともと備わっている生命力を実感しました。そこから、医学に頼りきるのではなく自分の力で生きるには、予防の意識が何よりも大事だと思うようになり、毎日の「食」の重要性に興味が向いていったんです。味噌や漬け物、梅干しに始まり、柚子胡椒などの調味料まで自分でつくるようになりました。そんな時に東日本大震災、そして原発事故が起こりました。

事故の後、実家をたよって京都に移住してきました。新しい暮らしを始めるにあたって、人生をかけて飽きずに追求する価値のある事業を起こしたいという思いが湧いてきたんです。それが私にとっては「発酵」でした。

関:発酵とは、人が手を加えることによって微生物が活きて働くことです。同じ素材を使っても発酵の進み具合や変化のしかたが毎回違うので、一生やり続けても飽きないと思います。発酵食を作って食べることは、たくさんの命をいただいて元気になること。そこに、生命の営みや健康にかかわる本質的なものを感じました。「命は命で元気になる。」というメッセージに、その間に感じたことや思いの全てをつめこんでいます。

発酵は、命をつなぐ保存食として、古代から台所で受け継がれてきた文化です。日々の健康を支えるだけでなく、災害食の備えにもなります。このすばらしい文化を事業として確立し、次の世代へ受け継いでいこうと決意して、発酵食堂カモシカを立ち上げました。

「何を食べるか」だけでなく、「どう食べるか」が大事

田中: カモシカさんの取組は多岐に渡りますが、どれをとっても「命は命で元気になる。」というコンセプトがしっかりと根付いているように感じます。関さんは、様々な事業を通じてどんな社会課題を解決したいのでしょうか。

関: 日本では今、自分でつくるよりも、できたものを買う方がいいという人が圧倒的に多いですよね。安い、便利、早い、というような価値を提供する事業がたくさんあって、自分でつくることの価値や意義が失われていることに違和感を持っています。

また、ビジネスにおける社会課題として、働くことで健康を損なっている人がまだまだたくさんいます。健康経営の取組が広がりだしてはいるものの、具体的なアクションとしては健康診断の受診率向上や喫煙率の低下などに留まっていて、本質的なアプローチは不足していると考えています。労働人口の減少で人手不足が深刻化していますし、一人ひとりが健康に長く働けることが社会全体として非常に強く求められる時代です。

関:人間が健やかに働き、生きる上で「食」というのは欠かせない要素です。近年、腸内環境が健康に大きく影響することが科学的に解明されるようになりました。つまり、「何を食べるか」だけでなく「どう食べるか」という点も非常に重要なんです。従業員の腸内環境をよりよい状態に保つことが、健康経営の本質につながると私たちは考えています。

ところが、忙しい現代生活においては食事がないがしろにされる傾向があり、人々の腸内環境はあまり良い状態だとは言えません。今、ガンの中で最も死亡率が高いのは大腸がんです。うつ病などの精神疾患にも、腸内環境が影響していることが証明されています。生きることは食べること、食べることが生きること。子どもたちが求めているのも、何よりもまず、親がつくってくれた温かい食事ではないでしょうか。「命は命で元気になる。」という価値観を発信し続け、発酵食を台所に取り戻す活動を地道に続けていくことが、様々な社会課題の根っこにある問題の解決につながっていく。そう信じて、事業運営をしています。

田中: 仕事で成果を出すためにも、「食」が大切なんですね。中には、頭ではわかっていても実際に発酵食を生活に取り入れるのは難しいという人も多いと思います。具体的に、ビジネスパーソンを支えるためにどのような取組をされているのでしょうか。

関: 仕事で忙しい人も含め、社会全体の食生活を底上げする取組として行っているのが「健康経営コンサルティング」と「発酵食手づくりキット定期便サービス」です。

「健康経営コンサルティング」は、企業を対象に健康経営を支援する事業です。経営戦略として、働く人たちの食を改善し腸内環境を良くすることで、パフォーマンスの向上をはかります。「ビジネスの最前線に発酵食を注入する♪」というコンセプトのもと、企業内で発酵食のワークショップや食生活の意識調査を行い、食の課題を探っていきます。

関:そして「発酵食手づくりキット定期便サービス」は、発酵食をつくるための材料やレシピを1年に8回お届けする仕組みです。2月には大豆と塩と麹が入った味噌のキット、3月にはぬか床、6月に梅干しというように、季節に合わせて手軽に手づくりを楽しめるようにと考えました。忙しい方にも無理なく手づくりを始めてもらえるよう、できる限りハードルを下げる工夫をしています。

関:物があふれ、お金でなんでも買える時代であっても、自分の手で何かをつくる経験は人の自信につながります。食の主導権を自分に取り戻すことで、つくることが自己表現となり、おすそわけやおもてなしなど、他の人とのつながりにも広がっていきます。食には、人の生活、そして仕事や人間関係をも豊かにする力があると、私たちは信じています。

発酵食の魅力を、京都から世界に発信する

田中: 新しい取組として、昨年12月、京都・四条河原町にオープンしたGOOD NATURE STATION(京阪ホールディングス株式会社)に出店されましたよね。自社店舗以外で商品を継続的に提供する場を持つのは初めてだと伺いましたが、どんな思いで出店を決められたのでしょうか

関:GOOD NATURE STATIONの「身体に良いもの、生産者・作り手の思いが見えるものを商品・サービスとして展開する」という考えと、私たちの発酵食との親和性が高かったということが一番の理由です。1階の発酵ゾーンをプロデュースさせていただきましたが、発酵食品の詰まった大きな瓶を並べた「かもし棚」に、私たちの発酵に関する考え方を集約させています。この棚は、実は神社を表現しています。菌の社(やしろ)をイメージし、御神体として中心に10年もののお味噌を置きました。

関:御神体を囲む箱は、創業時からオリジナル食器を作っていただいている福井県鯖江市の漆職人 山岸 厚夫さんにお願いしました。この漆は、手で塗ってくださったんです。山岸さんは、人間の世界と菌の世界をつなぐというカモシカの世界観を理解してくださっていて、心から信頼しているパートナーです。棚は京北の山の家具工房 田路 宏一さんに作っていただきました。こちらは柿渋を塗料として使っています。手前の机に置いた藍染の生地は、私たちが染めました。細長い藍の道が社に至る参道を表現しています。

今ご紹介した漆、柿渋、藍染は、全て発酵によってできた塗料・染料なんです。ものづくりは私たちの基本。街中に建つビルの中で発酵の世界を表現するために、私たちの思いに共感してくださった方々とゼロからつくりあげました。コンセプトを具体的な形に落とし込んでいくのはたいへんだったけれど、とてもおもしろい経験をさせていただきました。この棚を「発酵曼荼羅」と呼んでくださる方もいらっしゃるんですよ。

GOOD NATURE STATIONは嵐山のお店よりもアクセスがいいので、ここで国内外を問わずたくさんの方に発酵食に触れていただけると嬉しいです。発酵は世界の共通言語でもあります。ワインやチーズをはじめ世界中どこへ行っても必ずその土地に根付いた発酵食があります。観光に来られた海外の方々にも、言葉を超えて何かを感じてもらえたり、日本と世界の発酵食の違いや共通点を発見してもらえたり、そういう場になってほしいと思っています。

田中: 今までカモシカを知らなかった方々に、発酵の魅力を知ってもらう機会にもなりますね。これからのチャレンジについてお聞かせください。

関: もっと発信を強化していきたいと考えており、GOOD NATURE STATIONでも年間を通じて発酵食のワークショップを開催していきます。台湾など、海外でのワークショップも企画しています。発酵は文化。私たちは文化を発信していきたいんです。発酵食を台所に取り戻すことは、どの国にとっても大切なテーマになっていくはず。発酵をテーマに、世界をつなげていきたいと思っています。

田中: 関さんからお話を聞くたびに、発酵の可能性や未来にワクワクします。ありがとうございました!

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カモシカからのお知らせ

【2020年春のスタッフ採用説明会】
発酵食堂カモシカの採用説明会
3月7日 (土)18時〜20時
場所: 発酵食堂カモシカ
【採用説明会の参加申込みはメールにて】
kamoshika.kyoto@gmail.com

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取材・文:田中 慎 / 柴田 明(SILK)

■企業情報
株式会社 発酵食堂カモシカ
〒616-8371 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺若宮町17-1
TEL|075-862-0106
URL|http://kamoshika.kyoto.jp/

関 恵(せき めぐみ)

1977年京都府生まれ。外資系コンサルティング会社を経て、病院等医療機関のコンサルティングに従事。医療現場と子育ての経験から健康の原点は「予防」にあると実感。 「予防=本質的な食=発酵食をベースにした伝統的和食」にあると考え、「命は命で元気になる」をコンセプトとした発酵食堂と発酵スイーツ専門店を嵯峨嵐山にオープン。「発酵」を軸にした衣食住への事業展開を見据えて、京都から世界に「発酵文化」を発信している。 第3回京都女性起業家賞(アントレプレナー賞)最優秀賞