人を大事にする経営ーー「ル・クロ」オーナーシェフ黒岩さんが語る食と障害者の事業とは

大阪にあるフレンチレストラン「ル・クロ」。このレストランが世間で大きく評価されている理由は、料理の素晴らしさはもちろんのこと、「働く人を大事にする経営」にあります。

2/29に、京都Kyocaでその「ル・クロ」のオーナーシェフ黒岩功さんをゲストに迎え、「ル・クロの経営から生まれた食と障害者の事業の作り方」が開催されました。

現在、大阪を中心として5店舗のオーナーシェフを務め、国内に留まらずフレンチの本家、パリにも店舗を進出させた黒岩さん。これまで、多くの人々に愛され、親しまれるお店を育ててきました。

そして、現在はレストラン経営のみにとどまらず、横浜で福祉作業所「CHOCOLABO」を運営されている伊藤ご夫妻との出会いがきっかけで、障害者雇用の場の創出と賃金の改善の為に、昨年ショコラ工房「CHOCOLABO(ショコラボ)」を京都Kyocaでオープン。

 

今回は、プロのフレンチ料理人として黒岩さんが考える食と障害者雇用、そして働く環境と人を大事にする経営の考え方をお話ししていただきました。

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黒岩さんは子どもの頃、体が弱いこともあり「コンプレックスの塊」と言っていいほど、劣等感が強かったそう。人とのコミュニケーションが苦手で、運動会でもビリ。小学校では落第生のような存在だったといいます。

そんな黒岩さんを変えるきっかけとなったのは、小学校四年生のときの家庭科の授業でした。たまたま参観日と重なっていたその授業は調理実習。先生が「誰かキャベツ切ってくれる人はいる?」と聞いたとき、手をあげたのは黒岩さんだけでした。

『両親が商売人だったから、家にあまりいなくて、よく自分で料理しているうちに料理が好きになっていたんです。手をあげた僕を見て、周りの子達は「いつもビリのくろちゃんが手をあげてる!」と驚いていたし、何より一番半信半疑だったのは先生だったと思います。』

前に出て、いつも家でやっているようにキャベツを勢い良くきれいに切り始めた黒岩さんを見て、みんなが「くろちゃんすごい!」と拍手で褒めてくれたのだそう。黒岩さんは、そこで初めて「誰かに認めてもらった」という喜びがありました。

『人に必要とされることも、仲間に入れてもらえることもなかったけど、その瞬間すごく認められた気がして。だから、料理を仕事にしたいと思ったんです。』

「コックになりたい」という夢を叶えた黒岩さんは、レストランオーナーになってからも子どもの頃の経験を忘れず、スタッフを育成するとき「この子には絶対可能性がある」と信じて接しているのだそう。

ただでもフランス料理の世界は大変な職場で、離職率もとても高く、人の入れ替わりが激しいのが現実。黒岩さんも店を始めた当初、ある日突然二号店のスタッフに「全員やめる」と言われたことがあるそうです。
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『経営者として大失敗ですよね。今まで何をやってたんだろうと反省し、まずはリーダーを育てようと、少しずつ店の理念を浸透させるのに力を入れました。僕の本のタイトルには「人材育成術」と書いてますが、僕は術なんか持っていない。「成長しろ」「変われ」と魔法を使えれば簡単だけど、なかなか人は変わらないものなんです。』

黒岩さんは、スタッフのみなさんに楽しく働いてもらうため、どうしたら人は一生懸命になったり、時間を忘れるほど何かに夢中になるかを考えました。そして自分の三人の子どもがボーリングとカラオケ、ゲームになぜ夢中になるか考えてみたとき、「すくに結果がわかって、次のチャレンジもできる」という共通性があると気づきます。

『僕らの業界はみんな夢を持っていて、高いモチベーションがありますが、それを維持するのは難しいし、現場はすぐに結果ができるわけではないので不安にもなります。自分は成功できるか、独立できるか不安ななか、今いる場所で先の見通しが立たなくなったときにメンバーは去っていく。自分の今後のプランニングを立てることができれば、見通しが立って頑張れるんです。』

たとえば、同じ職場に「自分もああなりたい」と憧れを持てるようなリーダーがいれば、自分の今後もイメージができます。黒岩さんはパリにも店舗を持っているため、働いているうちに一度はフランス料理人にとって憧れのパリで働くこともできるのです。

『僕は「感謝」という言葉を大事にしています。パリに店を出すのもとても大変だったけど、なんでそんなエネルギーが出るかというと、スタッフのみんなに感謝しているからです。昔は見返したいという気持ちばかりでしたが、一生懸命頑張っているスタッフたちを見てたら感謝が生まれ、絶対にパリに行かせてあげようと思いました。』

そして、自分の憧れを叶えるためスタッフには、障害が起きても跳ね返すことができるメンタルの強さも身につけてもらえるようにしています。自分たちがやっている仕事に対しての想いや楽しさを常に語り、スタッフが成長していくためのプロセスを黒岩さんは生み出しています。

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ル・クロでの人材育成のやり方は、障害者の雇用に関しても基盤になるものだと黒岩さんはいいます。

『福祉事業所がカフェ経営やお菓子をつくるのは全国的に多いですが、僕のようにプロの料理人という立場の人間が福祉をやるというのは珍しいパターンです。他のフランス料理人からすれば、なぜそんなことをするのが意味がわからないという感じだと思う。でも僕は、障害を持ったメンバーに寄り添うかたちで、料理の世界にどんどん彼らが入ってきてもらえるようにしたい。』

そんな思いを持って京都ショコラボをオープンすることを決めましたが、なかなかその道のりは険しいかったといいます。機材を500万かけて揃え、すぐにキャッシュフローを回そうと思っていたものの、障害を持ったスタッフが一般スタッフのフォローアップを受けて製造し、チョコを販売して利益は出てても、メンバーの給料が発生してくるまでは時間がかかるそう。

そもそもチョコレートやクッキーに障害者を入れたいのは、障害を持ったスタッフの給料を上げたいという思いがあったそう。今まではパッケージに入れるだけのような単純作業が多く、全国平均も1万5000円程度。でもチョコレートを作るとアイテム数が多いぶん、作業のレベルもある程度高いものになります。商品の価値観をこれまでの障害者福祉のレベルに合わせず、すごくいいものを健常者のスタッフがサポートすることでつくっていくやり方がショコラボです。

『精神障害、発達障害などいろんな障害があるけれど、僕はプロの料理人・オーナーとしてやれることは十分に感じています。そもそも僕の経営は数字を追ってるわけでなく、まずはスタッフのために何かできないかという考えを持っているので、障害を持つメンバーに何かできないかと常に考えています。彼らの力が生かされるには、どういう製品をつくったらいいのかと。チョコレートは失敗してもまた溶かせば元に戻りますよね。だから障害を持つメンバーにとって、いい食材なのだという可能性を感じてやっています。』

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ショコラボのチョコレートは、「その人だけのオリジナル」をとても大事にしていて、同じ種類のチョコでもちょっとしたことで商品価値が変わるのが魅力。もしメンバーの増減があって安定して作業をするのが難しい場合でも、長期的に保存できてストックをつくることができます。商品開発も慎重に行っていて、長く売れるキープ力の高い商品を心がけています。

『ようやく実習からメンバーが入ってきて4月からスタート、ここからだと思ってます。現在は、障害を持つメンバーのサポート側には、半身麻痺のスタッフや、障害のあるメンバーのお母さんなどが働いてくれてます。

僕のミッションは、プロの料理人が福祉業界に入ると、これだけいろんなことができますよというのを広めたい。障害者雇用にはいろんな可能性がある。それは福祉の世界だけではなく、一般の企業などで社員育成に悩んだ場合も役に立つし、人に感謝できて寛容性あるスタッフを育成していくヒントにもなると思うんです。』

障害のある子ども親御さんの共通の思いは、自分が亡くなったら子どもはどうなるのか、今の障害者の給料では生きていけないからなんとかしたいということ。でもこれは普通のプロの料理人であれば知らない情報なので、黒岩さんはそれを世の中に投げていくことも自分が取り組む意味だと感じているそう。

『障害を持つ子供のいる親御さんは、世の中から疎外されているような感覚を持っていることも多いので、こうして一緒に働くことが励みになるそうです。僕が行動することで、いろんなところから注目を集めて、彼らに勇気を与えていきたいと思っています。』

また、福祉事業所が入るというとビルのオーナーに断られてしまうことも多いなか、KYOCAに入らせてもらったのも奇跡的なことで、多様性を受け入れるKYOCAのあり方に共感しているそう。

トーク後は、実際にショコラボの作業場を案内していただきました。

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ショコラボのカラフルな看板に清潔な作業場、そして天井を見上げると色とりどりの照明がセッティングされています。

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『京都ショコラボの作業場の照明は、ひとつとして同じデザインはない。全部バラバラです。その形や色、素材は違うけれど、輝いてるのはみんな一緒だという意味がこもっています。小さくてもみんなで光を照らしたら、それなりの光源は出せる。障害を持ったスタッフが照明だとしたら、それ以外の足りない光は僕ら健常者が蛍光灯としてサポートすればいい。
障害を持っていることは、違いであって間違いではないと、僕は思うんですよ。』

 

———-それぞれの持つ違いや個性を活かし、働くひとたちを大事にする経営。

黒岩さんが経営において大切にしている価値観や信念は、障害者か健常者かは関係なく、どんな職場にも共通して存在すべき考え方なのだと思います。

イベントは福祉作業所や会社を経営されている人が多数参加する会となり、みなさんがそれぞれ自分の現場で活かすことで、どんどん社会が変わっていくのではないかと感じました。
「人を大事にする経営」が世の中に溢れ、誰もが自分の人生を生き生きと送れるような未来が、少しだけ見えたような時間でした。

 

 

工藤瑞穂

工藤瑞穂

『soar』編集長、http://soar-world.com/
「HaTiDORi」代表、ダンサー。1984年青森県生まれ。宮城教育大学卒、元日本赤十字社職員。青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了。NPO法人ミラツク研究員。ウェブメディア「マチノコト」ライター。