地域社会はイノベーションを起こせるのか 〜トレンドと実践例から紐解く“まちづくりとソーシャルイノベーション”〜

「まちづくりってどういうこと?」と改めて問われた時、その答えは無数にあるのではないかと思います。オンラインイベント「SILKの研究会」で京都市まちづくりアドバイザーの谷 亮治さんが教えてくれたのは、戦後の国土開発から始まり、節目ごとにその姿を大きく変えながら変遷してきた“まちづくり”のあり方でした。

活動に関わる人の数とその人たちが担う範囲をダイナミックに広げていく様は、まさにソーシャル・イノベーション。その流れの先端にいながらも、谷さんは手放しに楽観することなく、自らの未来予測に「でも、それではおもしろくない」と浮かない表情を見せるのです。

京都市まちづくりアドバイザー※として11年勤めながら劇作家としても活動し、社会学の博士号を持っているが、筆をとればSF作家と名乗る。経歴を見るとかなり変わった人をイメージしてしまいますが、実際の谷さんは、気さくで親しみやすい方という印象でした。

※京都市まちづくりアドバイザー:まちづくりに関する専門的な立場から、行政職員とともに市民の活動を支援し、行政が実施する事業の企画・運営をサポートする人材。京都市では各区の担当など計15名が活動中。

事の発端は、研究と実践を行き来しながらまちづくりを掘り下げる谷さんに「SILKの研究」のコラムを依頼したことでした。数週間後に谷さんから送られてきたのは、私たちの想像を遥かに超える28,000字の大作。前編18,000字、後編10,000字とコラムの枠を軽く飛び越えたこの原稿は、そのままWebに掲載するだけでは必要とする人に届かないかもしれない……より多くの人に谷さんが考えるまちづくりのエッセンスを伝えるべく、今回のイベントを開催する運びとなりました。

 

まちづくりは「排除しない」「競合しない」営みだと僕は思います

谷さんはまず、「そもそも、まちづくりとは何なのか?」という問いを参加者に投げかけます。

谷さん: まちづくりって、エモーショナルなニュアンスで語られることも多くて、話を聞いたけど結局よくわからない、ということになりがちなんです。道の落ち葉拾いも、商店街の活性化も、都市計画も、地場産業の商品開発も、全部まちづくりなので、意味する範囲がかなり広いこともあって。

谷さん独自の定義では、“まちづくり”においてつくられるものは「誰も排除しない」「利用者が競合しない」という2つの条件を満たすそうです。言い方を変えれば、お金を払わないと使えないものや、Aさんが使ったことで他の人が使えなくなるようなものは、まちづくりでは扱いづらい。これは、道路やダムなどのハード面、サロン活動や子ども食堂などのソフト面、どちらにも共通する特徴です。

谷さん: まちづくりっていうのは基本的にめっちゃ親切です。ビジネスやサークル活動とは違って、まちの全ての人を対象に良いサービスを提供するんですから。だから、その分難しい。

親切であるが故に様々な困難をはらむまちづくりは、いったいどうすればうまくいくのか。そんな大きな問いを考えるために、谷さんはまず、戦後から現在にいたるまちづくりの変遷を語ってくれました。

 

政府主導のまちづくりから、市民が主体のまちづくりへ

このあとご紹介する「まちづくり1.0」から「まちづくり5.0」に至る変化は、筆者にとってはかなり衝撃的でした。谷さんが後半でおっしゃった「まちづくりはそもそもソーシャル・イノベーションな営みであり、双方に本質的な違いはない」という言葉と共にしっかりと胸に刻まれた人々の営みが、自分のあやふやだった“まちづくり”という概念の輪郭を、鮮やかに形作ってくれたのです。

谷さん: 戦後の国土開発を、まちづくり1.0とします。この時代は、政府が主導して大きく急速に国を作り替える必要がありました。「所得倍増計画」や「全国総合開発計画」などですね。こうした動きが大きな成果を生み、日本は全体的に豊かになりましたが、その裏でそれぞれの地域では問題が生じていたんです。たとえば、公害。全体を良くするために弱い立場の人たちにしわ寄せが行ってしまったのが、この頃のまちづくりでした。

すると、市民による反対運動が起き始めます。これが、まちづくり2.0。「まちづくり」という言葉が使われるようになったのはこの頃、1960年代です。国全体のための巨大な開発ではなく、各地域の住民のことを考えた小規模なまちづくりが求められる時代。各地で起こった運動が功を奏して、「公害対策基本法」の制定など、市民が様々な権利を獲得します。

今回の参加者の面々を見ると、自治体職員、デザイナー、学生、自動車メーカーや金融機関で働く方など様々。「目から鱗でした」「まだ理解が追いついていませんが……」と、それぞれに自分なりの解釈を考えながらお話を聞いていきます。

谷さん: 目下の目標を達成した後の70年代には、住民運動は下火になっていきます。すると、「我々はまちをどうしていきたいんだ?」という問いが生まれるんですね。ここから市民主導でまちのことを考える動きが出てきます。世田谷区や神戸市では、市民の意見が、議会を通さず市長に直接届くという条例ができたりして。当時としては非常に革新的な制度でした。生活者が、何かが起こった後に反対運動をするだけでなく、意志決定の段階から能動的にまちづくりに参加できるようになった。この動きが全国に広がっていくのが、まちづくり3.0です。

続いての4.0の時代では、阪神・淡路大震災が変化のきっかけになっています。震災後、被災地で支援を行うボランティアの存在が、社会の中で可視化されました。災害が起きて困っている地域に、その土地に縁もゆかりもない人が大勢かけつけるという、過去にはない現象が起きたんです。これは、1995年が「ボランティア元年」と呼ばれるほど大きなイノベーションでした。その後、NPO法が施行され、「指定管理者制度」が開始。行政が管理していた施設の運営を、民間のNPO法人などに任せてもよい、ということになりました。こうして生活者は、公共事業に、口だけじゃなく手も出すようになっていきます。

5.0が、現在のまちづくりですね。ここまでくると、民間の事業者が自ら公共事業を担い始めます。社会的企業やCSR、SDGsがその例ですね。京都のテラエナジーさんのように、行政が独占していた電力供給ですら民間に開かれていきました。

ものの10分ほどの間に60年間を駆け抜けた参加者たち。どの段階においても、それまでにない考え方が普及し、まちづくりの“当たり前”を置き換えるイノベーションがありました。まちづくりという概念がこの間にどれだけアップデートされてきたのか、その変化の大きさを感じていただけたでしょうか。

休む間も無く、谷さんは「ソーシャル・イノベーション」に話題を移します。売り買いの場を「マーケット」、その外側にある目に見えない巨大な空間を「ソーシャル」と位置付け、発展途上国の労働力を搾取した商品作りを例に、社会でいま何が起こっているのかを考えます。内側だけを見れば、良いものを安く変えるのは素晴らしいことだけれど、外側に目を向ければそのしわ寄せを受ける人がいる。では、フェアトレードを行う社会的企業はどうでしょうか。彼らは、外側での搾取を起こさないために、マーケットの内にいる消費者と企業がそれ相応の負担をし直す仕組みを提供しているのです。

 

これからのまちづくりは、どうなっていくのか

理路整然と、しかし時には笑いも交えながら、まちづくりとイノベーションのつながりを紐解いていく谷さん。最後に、こんな問いかけをしてくれました。

谷さん: これからのまちづくりはどうなっていくんだろうって、最近よく考えるんです。直近の10年は、多様なプレイヤーの参画が進み、どんどん新しい変化が生まれた玉石混交の時代でした。激動の中で、むちゃくちゃな面もあったけれど、おもしろい動きがたくさんあって。でもこれからは、市場が成熟して、プレイヤーが再び専門家に絞られていく気がするんです。そうなると、サービスの質は上がっていくんだろうけど……あんまりおもしろくはないですよね。少し寂しさを感じます。

もっと言えば、素人が参入しづらい状況になれば、僕がしてきたような支援は必要なくなるのかもしれない。この状況をどう捉え、どう動いていくのか、皆さんの考えを聞かせてほしいです。

予定していた90分では時間が全く足りず、まだまだ話したいことがあるのに……という空気の中、この日のイベントは幕を閉じました。

「地域社会はイノベーションを起こせるのか?」という問いに全力で答えてくださった28,000字の原稿は、谷さんのnoteにて有料マガジンとして購入が可能です。

まちづくり6.0はどんな社会をつくるのか。その時、私たちの役割はどうなっているのか。この日語りきれなかった話の続きは、またどこかで皆さんと考えられればと思います。谷さん、ありがとうございました!

取材・文:柴田 明(SILK)


 

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谷 亮治

谷 亮治

1980年大阪生まれ。博士(社会学)。専門社会調査士。京都市まちづくりアドバイザー。大学講師。劇団「ぬるり組合」作家、演出家。SF作家。

大学在学中より、住民参加のまちづくりの実践と研究に携わる。大学院で研究を続ける傍ら、2006年よりまちづくりNPO法人の事務局として、京都市の公共施設の委託運営の現場で実務経験を積む。2011年より現職。
代表作に『モテるまちづくり−まちづくりに疲れた人へ。』(まち飯叢書、2014)。2014年から、各地の本書に関心を持つ方と語り合う読書会「モテまち読書会」ツアーを実施。2017年4月時点で55箇所延べおよそ1500名の実践者と語り合ってきた。その読書会ツアーで得られたフィードバックを元に、『純粋でポップな限界のまちづくり−モテるまちづくり2』(まち飯叢書、2017)を出版。大阪市総合生涯学習センターでの市民向けまちづくり講座の講義録をもとに『世界で一番親切なまちとあなたの参考文献』(まち飯叢書、2020)を出版。