個の可能性、自分らしさから創発する、組織や地域の内発的イノベーション~(一社)こころ館「わたし研究」の導入事例をもとに~
コロナ禍で働き方や暮らし方が大きく変わる昨今、働く社員の幸福度を指標とするウェルビーイング経営に注目が集まっています。2021年9月28日の「SILKの研究会」は、自分らしく働くことを探求し、一人ひとりに寄り添うことで潜在的な可能性を拓く「内発的イノベーション」をテーマに開催。一般社団法人こころ館の松原 明美さん、株式会社フェリシモの矢崎 真理さん、株式会社ヒューマンフォーラムの今出 貴裕さんにお話を伺いました。
松原さんの研究コラムはこちら↓
わたしが変われば、地域が変わる。「内発的イノベーション」による未来のまちづくり|松原 明美|(一社)こころ館
「内発的イノベーション」の実践研究を活かして、地域ではまちづくり、企業では主に組織開発の文脈で研修を行っている松原さん。この日は、地域向けの活動を中心に寄稿いただいた研究コラムとは視点を変えて、企業研修「わたし研究」について、お話しいただきました。
[登壇者]
●「わたし研究」発案者
松原 明美 さん|一般社団法人こころ館 代表理事●「わたし研究」導入企業
矢崎 真理 さん|株式会社フェリシモ 専務取締役
今出 貴裕 さん|株式会社ヒューマンフォーラム mumokuteki事業部長
本音で話せる関係性は、一度形成するとずっと続きます
「すべての人の中には眠っている可能性が必ずある」と語る松原さんは、働く人たちに、自分の内面や自分自身と向き合う時間が足りていないことを指摘します。
松原さん: 日本では、人からどう見られるかを気にして、自分を抑えながら生きている人が多いと感じます。「自分はどんな人間なのか?」という問いに対する答えが、人からの評価で形づくられているんです。「わたし研究」では、まずはその殻を脱ぎ捨てるところから始めます。
松原さん: そのためには、安心安全な場が必要です。お互いの話を評価せず、全て肯定するという前提を共有した上で、一人ひとりにご自身のことを語ってもらいます。本音で話せる関係性って、一度形成するとずっと続くんですよ。企業の中ではどうしても数字の話が先になってしまいますが、厳しい状況の時こそ、社員が本音を話せる環境が重要だと思います。
スキルアップ重視の従来型の企業研修とは異なる、「自分らしさ」を拓く研修とはどのようなものなのでしょうか。実際に導入されている企業のお二人に伺いました。
数字よりも理念や思いを大切にする人を増やしていきたかった
まずは、「ともにしあわせになるしあわせ」というメッセージを掲げ、様々な事業を生み出す株式会社フェリシモさん。社員の方々の個性を活かしてユニークな商品・サービスを世に届けている同社は、なぜ研修導入を決めたのでしょうか?
矢崎さん: もともと、「なぜその仕事をしたいのか」という志や意義が先にあって、後から数字がついてくる、そういうビジネスのあり方が理想的だと思っていました。だから、従業員一人ひとりに、その人なりの「しあわせ」のかたちを考えてもらいたい。そして、お互いの「しあわせ」に共感し合う仲間と活動していくことが大事だと思っています。
一方で、売上や利益の数字を追うことを重視する人もやっぱりいます。そういう人たちを否定することなく、数字よりも理念や思いを大切にする人を増やしていきたかったんです。これまでのやり方では、巻き込める人の数に限界を感じていました。そんな時に「わたし研究」を知り、社員が参加することで一人の人間として何を思うか、というところに立ち戻ってもらえると思いました。
松原さん: 社歴の長い、役職を持った方々にもご参加いただきましたね。「わたし研究」に取り組む間は、役職は一度脇に置いていただきます。会社を牽引してきた方たちなので、きっと難しかったんじゃないかと思います。
フェリシモさんは、すでに組織内にイノベーションを創発する風土ができていますよね。一方で、業務がお忙しくて、個人のアイデンティティを見つめ直す時間、お互いについて深く知る時間が十分にとれない状況がありました。なので、個人のまだ発揮されていない可能性を掘り起こす「自己発酵」を重視してプログラムを進めていきました。
※注釈※ 内発的イノベーションでは、個人の可能性を掘り起こす「自己発酵」フェーズ、お互いの理解を深めることでさらに自分自身の可能性を発見し応援し合う「相互発酵」フェーズ、さらに所属するチームを越えて、組織や地域で自分らしさや可能性を発揮しながらイノベーションが創発されていく「拡張発酵」フェーズに分けて変容のプロセスを分析しています。
他の人と理解し合うことで、相手の目線でものが見られるようになった
続いては、「いきるをつくる」をコンセプトに人の暮らしを豊かにするブランド「mumokuteki」を手がける、株式会社ヒューマンフォーラムさん。「仕事が作業になってしまい、意味を見出せない」というスタッフの言葉に危機感を感じたという今出さんは、こう語ります。
今出さん: 事業規模が大きくなるに連れて、業務が忙しくなって現場のコミュニケーションが不足し、様々なトラブルが起きるようになってきました。スタッフの声を聞いて、なんとかしなあかんと思っていて。そんな時に、松原さんから「安心安全な場が必要です。一緒に作りましょう」と言っていただきました。
今出さん: 他の人と理解し合うことで、相手の目線でものが見られるようになりました。それぞれの視野が広がったことが結果的にチームの成長にもつながって、売上にも反映されています。そのプロセスが醍醐味だと思いました。
松原さん: 今出さんも矢崎さんも、一人ひとりの社員さんのことを、家族のように知っていますよね。お二人自身が、常に自問自答しているし、相手に寄り添ってものごとを考えています。その姿勢があるから、「わたし研究」の取り組みがうまく浸透したのだと思います。
ヒューマンフォーラムさんは、他社さんを交えてSDGsの学び直し講座を開いたり、地域の方を招いて田植え祭をしたりと、お客様や周囲の方々と一緒に地域活性に取り組んでおられます。ここからイノベーションの創発がさらに広がっていくことを、楽しみにしています。
2社の研修の様子をおさめた動画では
「自分を嫌っている自分がいた」
「自分ってこんな風に生きてきたんやなって振り返ることで、頑張ってきたなと思えるようになりました」
という言葉が語られていました。また、ディスカッションの中では
「日本という国全体が、元気がないように見られている」
という、胸に重く響く一言も。仕事という毎日の営みの中で、やりたいことを実現する喜び、幸福感がもっと増えていったら……そのきっかけが、今日この時間にいくつも生まれたのではないかと期待してしまいます。
後半は3グループに分かれて、お三方と参加者の方の対話の時間に。たくさんの質問や相談が飛び交い、イベント終了後もメッセージのやりとりが続きました。
「人が持つ可能性を信じたいと思った」という言葉で締め括られた、90分間のオンラインイベント。お三方の取り組みは、これから更に広がり、深まっていきます。それぞれの考えや組織のあり方がどのように変化していくのか、またどこかで皆さんにお伝えできればと思います!
取材・文:柴田 明(SILK)