組織の名称を「ソーシャルビジネス」から「ソーシャルイノベーション」に変えた理由│大室 悦賀│所長コラムNo.01
2020年度を迎え、京都市ソーシャルイノベーション研究所(SOCIAL INNOVATION LABORATORY KYOTO : SILK)は6年目を迎えた。SILKの前身である京都市ソーシャルビジネス実行委員会として活動した4年間を加えると、10年目の節目を迎える。京都市がここまで長くこの事業を継続するとは、思ってもいなかった。嬉しくも驚きを持って、今日ここにいる。
[目次]
1. 組織の名称に「ソーシャルビジネス」を使わなかった理由
2. NPOだけでなく企業にアプローチする
3. 外部からの選択肢により、創発性を育む
4. さいごに
1. 組織の名称に「ソーシャルビジネス」を使わなかった理由
ここまでは、所長として何を考え、どのようにしていきたいのか、ほとんど語ることをしなかった。その理由は、所長の言葉が制約条件になってしまって、関わる人たちのイノベーションを創発できないのではないかと考えたからである。しかし、この9年の間に、スタッフをはじめ関係者が私の想像を超えて、様々な動きを創発しているところを見てきた。そのような状況を踏まえ、「これまでとこれからに」ついてコラムとして発信していきたい。
今回は、組織の名称を「ソーシャルビジネス」から「ソーシャルイノベーション」に変えた理由を説明しようと思う。そもそも京都市ソーシャルビジネス支援実行委員会は、当時としては珍しく(今も社会の状況はあまり変わらないが)ソーシャルビジネスを支援することを目的に発足している。私は2011年に『ソーシャルビジネス-地域の課題をビジネスで解決する』(中央経済社)を出版したのだが、京都市から委員長就任の依頼を受けた時には、乗り気ではなかった。既に以下で示すソーシャルビジネスの限界を認識していたからだ。しかし、当時の担当者の熱意に推され、委員長に就任することになった。
10年前の日本社会では、ソーシャルビジネスどころか、NPOさえ十分に認知されていなかった。そのような状況の中で、我々には「ソーシャルイノベーション」を名乗るという選択肢は存在しなかった。そこから4年を経て、なぜ我々が「ソーシャルイノベーション」という言葉を使うようになったのか。その理由は、ソーシャルビジネスが徐々に認識されてきたという前提を踏まえ、大きく2つある。
2. NPOだけでなく企業にアプローチする
第一には、“ソーシャルビジネス=NPO”という理解が、日本にはあったからである。ソーシャルビジネスを行うのは社会的課題の解決を目的とした組織であり、社会的課題といえばNPOという暗黙の前提があった。我々は社会的課題の創出が、市場経済あるいは企業を原因としていると考えた。本事業を通して資本主義や企業経営のあり方を変える必要があり、NPOのみならず企業にアプローチしたかった。
加えて、社会的課題の解決を前面に打ち出すと、企業の方は自分たちには関係のないことだと思ってしまう。NPOやソーシャルビジネスという前提を外し、企業の参加を可能にするためには、ソーシャルイノベーションという概念が必要であった。
3. 外部からの選択肢により、創発性を育む
第二の理由は、社会的課題の解決を目的とする場合には、その文脈を逸脱できないという制約が存在してしまうことであった。“What you see is what you get.”(あなたが見たものは手に入れられる)という言葉がある。つまり、見ていないものを手に入れることはできない。社会的課題以外のものを見えなくすると言う制約が生じると、見えている世界にのみフォーカスがあたり、最も重要なイノベーションの妨げになってしまうのだ。
イノベーションは、創発性にその特徴がある。創発性とは、現在持っている選択肢以外の選択肢を選ぶことにあり、新たな選択肢は外側からやってくるのだ。社会的課題解決を目的とした場合には、この外部からの選択肢を認識できなくなってしまう。SILKはイノベーションに重きを置いたことで、「社会的課題を生まない経営」という、従来のソーシャルビジネスとは異なる視点を合わせ持つようになった。
4. さいごに
このような2つの理由によって、「ソーシャルイノベーション」を冠する研究所を立ち上げた。SILKは、ソーシャルビジネスよりも広い概念で、多様なセクターが関われる組織になった。次回は、社会的課題が発生する根本原因となっている「二重解体(上方解体と下方解体)」について説明したい。
参考:「旧サイト、京都市ソーシャルビジネス(SB)支援事業について」2015.4.1 http://social-innovation.kyoto.jp/462