支援メニューを持たない産業支援機関「SILK」は、どのように作られたのか │ 前田 展広

SILKは京都市のソーシャル・イノベーションに特化した産業支援機関として、2015年、公益財団法人京都高度技術研究所(ASTEM)内に誕生しました。大室 悦賀 所長を中心に形作られた、SILKの事業の考え方やコーディネーターの活動についてご紹介します。

[目次]
1. 支援メニューを持たない産業支援機関「SILK」は、どのように作られたのか
2. ①支援メニューをもたない
3. ②一人ひとりが力を発揮できる状況をつくる
4. ③協業を促し、クラスター化を促進させる
5. さいごに

1. 支援メニューを持たない産業支援機関「SILK」は、どのように作られたのか

「枠組みを決めない」「解釈せず曖昧さを保持すること」。これは設立当初、所長の大室が頻繁に言っていた視点です。実はSILKには、細かな支援スキームがありません。目の前にいる事業者や社会の状況に合わせて、支援を変化させていくことを前提に、SILKは始まりました。過去の経験から判断したり、一つの側面だけから課題を捉えたりすることは避けたいと考えています。そのために、SILK内では断定的な解釈や手法を避け、常に問いを持ちながら、事業者の方々に接してきました。

また、ソーシャル・イノベーション・クラスター構想を前提としているので、SILKが何かを主導して実行することではありません。多様な主体のイノベーションを創発させるためのコーディネートを行うことが、SILKの役割として位置付けられています。

このレポートでは、支援メニューを持たない産業支援機関「SILK」が、どのように作られたのか、そしてそこから見えてきた「3つの組織文化」をベースに、SILKのこれまでの5年間を振り返ってみたいと思います。

①支援メニューをもたない
②一人ひとりが力を発揮できる状況をつくる
③協業を促し、クラスター化を促進させる

2015年創設時のSILKメンバー。左から前田、山中、大室、秋葉、川勝

2. ①支援メニューをもたない

冒頭にもお伝えした通り、SILKには支援メニューがありません。その理由は、支援メニューを固定化することでメニューの実行が目的化してしまうことや、数値目標の達成のみに注力してしまうことを避けるためです。

事業改善や資金繰りのサポートについては、様々な公的・民間の支援機関が既に行っています。

一方SILKは、ソーシャル・イノベーションという「新しい社会の仕組み」をもった事業や取組を創発させる専門機関です。画一的に事業の効率や生産性を高める支援は、他の支援機関にお任せして、SILKは数字では測れない事業の社会性を支援し、広げる役割を追求してきました。

●「これからの1000年を紡ぐ企業認定」認定企業の支援

これからの1000年を紡ぐ企業認定」の認定企業への支援もその考え方を踏まえ、認定企業が叶えたい未来に対して“支援パートナー企業それぞれができる支援を行う”という前提でコーディネートをしています。

2019年に開かれた「支援パートナー会議」では、「採用」「資金調達」「販売促進」「従業員育成」「コラボレーション」などのテーマに分かれてダイアログを開催し、そこから様々な関係性や取組が動き出しました。認定企業同士のつながりから、合同イベントの開催や商品開発など、多様なコラボレーションも生まれています。

支援パートナーである京都中央信用金庫様は、京都府下最大のビジネスマッチングの場、中信ビジネスフェアのブース出店の場を提供

SILKのコーディネーターが支援する事業者の方は、それぞれに個別の課題や思いを持っています。支援者は、初めて目にするものに対峙した時、過去の経験や知識と目の前の課題を結びつけて解釈してしまいがちです。自分のわかる範囲でものごとを捉えようとする感情が生まれ、勝手に解釈を加えてしまうのです。その結果、従来の手法や自身の専門領域に捉われ、得意な支援を押し付けてしまう可能性もあります。

●イノベーション・キュレーター塾

ゲストに平田オリザ様をお迎えした、イノベーション・キュレーター塾の様子

SILKが主催・共催して展開する学ぶ場も、あらゆる角度からものごとを“捉え直すこと”を前提にしています。支援の方法だけでなく、事業者と共に社会や事業そのものを捉え直し、クラスター化のために何ができるのかを常に問いとして持ちながら、日々活動をしています。

3. ②一人ひとりが力を発揮できる状況をつくる

SILKの定例会議は2020年度からZOOMにて開催。アドバイザー、フェローもご参加いただいている

SILKのコーディネーターは30〜40歳の6名が担当しており、そのキャラクターは多岐に渡ります。SILKに週1日程度の勤務で関わりながら、税理士、中小企業診断士、コンサルタント、研究者、プロジェクトマネージャー、まちづくりに関わるプランナーなどを本業にしています。

2週間に1回の会議には、全員が集まります。それぞれの活動状況を共有しながら、運営を進めています。オフィスへの出勤やシフト提出の必要はなく、会議も2020年度からはオンラインで開催。京都市内の事業者に訪問やリサーチを行いながら、メンバーそれぞれが自分のやりたい支援、やるべき支援を自発的に進めていきます。冒頭でも触れましたが、相談件数などの目標数値はありません。目標の追求は、手段が目的化して本来の目的を見落としてしまう危険性をはらむからです。

SILKは、豊富な経験を元にした経営支援組織というよりも、“まだ誰もわからない社会課題の解決や未来のあり方について一緒に考える場や集団”と言った方が良いかもしれません。

京の企業「働き方改革チャレンジプログラム」は、事業終了後もランチタイム座談会など議論の場を広げた

京都市内を徘徊し、色々な事業者の活動の広がりの情報を仕入れることもコーディネーターの役割の1つです。そこから、専門的見識をもった事業者を他の事業者におつなぎするなど、様々なプロジェクトや事業者のコーディネートを行います。各コーディネーターの個性を活かして多様な選択肢を持ち合うことが、「全ての人がイノベーションを起こすことができる」という思想の実現につながると考えています。

●各コーディネーターのプロジェクト

また、それぞれが関心のあるテーマについては、SILKの場を活用しながら自分のプロジェクトとして取組を進めています。

田中による「SOU-MU PROJECT」では、バックオフィスの人たちのナレッジ共有から様々な構想が生まれている

2019年度までSILKコンシェルジュとして活躍した杉原恵さんは、ママのスキルをプロデュースする一般社団法人my turnを創業

●コーディネーター以外のメンバー

コーディネーターの他にも色々なメンバーがいます。

メンバーや認定企業、ステークホルダーへの細かな連絡・調整などを行う「コンシェルジュ」が、SILKの事業を支えています。チーフコンシェルジュの川勝は、バックオフィス業務にとどまらず、その時々の社会に必要なプロジェクトの立案・運営も行っています。コロナ禍になってから、事業者の方々が感じられたことや新たな取組に注目した、インタビュー企画「ピンチをチャンスに!」がスタートしています。

また、2018年度より加入した広報の柴田は、SILKのfacebookやwebサイトでの記事コンテンツの編集、ライティング、デザインマネジメントを担当。情報発信の頻度とクオリティが一気に向上しました。様々な取組によってソーシャル・イノベーションを生み出す事業者の方々や、SILKメンバーによる研究コラム「SILKの研究」も2020年よりスタート。互いに学び合い、新たな知・価値を生み出す場が生まれています。

コミュニティ・オーガナイザーの桜井 肖典氏は、共同代表を務める一般社団法人リリースの事業として、2017年より京都市地域企業未来力会議を企画・運営しています。「京都市地域企業宣言」を実現し、2019年に経済センターに生まれたスタートアップエコシステム拠点「KOIN」のディレクションも担当。また、ソーシャル・イノベーション・サミットでご縁が生まれた熊本県水俣市、長野県飯山市、大阪府東成区などでのサミットの開催や事業開発プログラムを展開しています。

2018年に、企業規模を基準とせず地域との繋がりに着目した全国初の宣言として「京都市地域企業宣言」を発表

●組織外のアドバイザー・フェロー

SILKでは、専門的見識やネットワークをもつ方をアドバイザーやフェローとして迎え、意見交換をしながら一緒に取組を進めています。SILKへの関わりは、ご自身の京都市での活動を広げていただくきっかけにもなっています。

SILKフェロー高本氏は、月4万円から定額全国住み放題「ADDress」の西日本担当に就任。京都市内にも拠点を拡大中

4. ③協業を促し、クラスターを促進させる

「新大宮広場」でのSILKオープンデイの様子

京都は伝統を守りながらも革新を繰り返し、1000年以上の歴史を紡いできました。京都の特徴の1つに、市民が進んで自治を行う「町衆の文化」があります。

SILKは、「京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想」を実現するために生まれました。

この構想は、ソーシャル・ イノベーションに取り組む市民・企業・NPO・大学などの多様な組織や個人、それらを応援する人々が、社会的課題の解決や、そもそも課題を生まないための挑戦をすることで、「過度の効率性や競争原理とは異なる価値観」を広めていく構想です。京都から日本の未来を切り拓いていくことを目指しています。

SILKの支援は、多様な主体を生み、育て、誘致する「桶」をイメージしています。桶を構成する立板の部分は「社会的企業をトータルで育成する経営支援」を、立板を締める箍(たが)の部分は「立板が表す支援策と複合的に連携する支援」を表しています。このような仕組みで協業を促し、クラスター化を促進しています。

SILK初年度の主催事業は、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」「イノベーション・キュレーター塾」「ソーシャル・イノベーション・サミット」の3つでした。その他の活動は、京都市内の様々な取組主体と広く連携し、協業で行うことを前提にしていました。

●SILK設立までの経緯

SILKの前身の京都市の事業として「京都市ソーシャルビジネス支援事業(2011年〜2014年)」では先進企業の視察や事業相談を主催していました。その当時、初の「立て板部分の支援策と複合的に連携する支援策」として、大室と一般社団法人リリース桜井 肖典氏、風間 美穂氏により、「RELEASE;プログラム」がスタートしました。

社会的企業と学生を中心とした市民が叶えたい未来を共創するプログラムとして、京都市内外の多数の大学の協力のもと、出張授業により告知を広げ、3年間で30大学46学部延べ2000名を超える学生とともに持続可能な社会に対しての議論を広げていきました。当時活躍した学生メンバーは現在、株式会社坂ノ途中、株式会社つむぎや、NPO法人ハローライフなどに入社し、活躍しています。このプログラムはその後、日本各地の自治体や民間企業が取り組むオープン・イノベーションによる事業開発プログラムとして発展、現在でも各地に地域企業のエコシステムを育み続けています。

●京都市ソーシャルプロダクトMAP

2015年にはSILKが開設されるタイミングに向けて、「京都市ソーシャルプロダクトMAP」が生まれました。株式会社めい、株式会社坂ノ途中、株式会社大東寝具工業、Dari k株式会社、カラーズジャパン株式会社、京都産業大学大室研究室の連名で発足した「ソーシャルプロダクトを普及させる会」が発行元となり、大室の大学での研究調査費と京都市の助成金によって制作しました。SILKの初年度から、京都市内の社会的企業の情報リソースとして活用してきたほか、教育機関の教材や、百貨店などの仕入先情報としてもお使いいただきました。

「京都市ソーシャルプロダクトMAP」約250社の社会的商品、サービスをマッピング

●他機関との連携

教育機関との連携としては、2015年から信頼資本財団主催の「A-KIND塾」の立ち上げをお手伝いしました。その頃、社会情勢の変化もあり、小学校から大学まで様々な教育機関にて、社会課題をテーマにした学部・講座が増えていました。SILKも、企業のご紹介やゲスト講師としての登壇、カリキュラムのご相談や教材の提供などを行なってきました。

公益財団法人信頼資本財団主宰の「A-KIND塾」。信頼のコミュニティが広がっている。

ソーシャル・イノベーションの視察で来られたイギリスのネスタ財団、ジュリオ・クアジョット氏とのお写真

また、事業者との連携も広げていきました。共催という名義上だけの関わりではなく、オープン・イノベーションによるプロジェクト形成支援を実施しました。SILK担当の京都市職員が市役所内の他の部署へと働きかけ、部署をまたいだ協業も生まれています。

(株)フラットエージェンシーのエリアマネジメント事業「新大宮広場」。様々なプレイヤーと共に立ち上げの伴走支援をした。

東京での合同採用イベント「ソーシャル企業と考える京都移住転職計画」。支援パートナーである京都移住計画が企画・運営するイベントに認定企業が登壇した。(写真 greenz.jp)

京都市消費生活相談センターとの連携事業「素材から学ぶくらしの学校」。エシカル消費プログラムとして2015年からSILKが企画・運営を担当

●ソーシャル・イノベーション・サミット

全国から参加者が集まるイベント「ソーシャル・イノベーション・サミット」は、2015年から開催しています。

地域や社会が抱える課題に対し、効果的・持続的なソーシャル・イノベーションに取り組む方々が全国から集結。自治体や中間支援団体の皆様と先進事例を共有し、地方創生を推進する全国的なネットワークを形成することを目指しています。

京都市の動きに呼応する形で、他の地域でも同様のサミットが開催されるまでになりました。京都市では、日本ソーシャル・イノベーション学会との連携がスタート。また、ご参加いただいた熊本県水俣市(四方吉学びの舎)、大阪府東成区(ひがしなりソケット)、仙台市( SENDAI SOCIAL INNOVATION SUMMIT)、長野県飯山市(IIYAMA GOOD BUSINESS)では、一般社団法人リリースにより、地域企業のエコシステム形成に向けた取組へと発展しています。

設立構想から関わった長野県立大学 ソーシャル・イノベーション創出センター (CSI)には、SILKから大室、イノベーション・キュレーター秋葉の2名が着任しています。

大阪府東成区「ひがしなりソケット」の様子

サミットを開催した水俣の事業者と、認定企業(株)カンブライトとのコラボレーション。認定企業の他府県への展開事例

長野県立大学ソーシャル・イノベーション創出センター(CSI)では、“ここからエシカルMAP”、信州ソーシャル・イノベーションフォーラム2019における認定企業登壇など連携が広がっている。

全国のサミット参加件数はこれまで36都道府県、151市町村、998名。社会的企業の京都進出、誘致は6件。「これからの1000年を紡ぐ企業認定」認定企業は20社。イノベーション・キュレーター塾、A-KIND塾の塾生は、それぞれ100名近くになりました。

このように「①支援メニューをもたないこと」「②一人ひとりが力を発揮できる状況をつくる」「③協業を促し、クラスター化を促進させる」という3つの組織文化が形作られ、結果的に、多様さに富んだ実績の広がりが生まれています。

5. さいごに

SILKは最終的に、役割を終えていく

2011年の京都市ソーシャル・ビジネス支援事業の始まりから数えると、早くも10年が経とうとしています。「ソーシャルビジネス」という言葉は使われなくなり、SILKの関係者の中でも「ソーシャル・イノベーション」や「SDGs」、「四方良し」という言葉に変化していきました。同時に、社会課題をそもそも生まない視点へと議論が移っています。

ソーシャル・イノベーションという冠を持ったSILKは、一定の広がりが生まれれば、その役割を終えていく前提で設立されています。ムーブメントとして、横文字でソーシャル・イノベーションやSDGsと謳うことにも意義はあると思います。しかし、その意味するところは「そもそも地域企業はどうあるべきか?」という問いと同義だとも感じます。事業を営まれている多くの人にとっては、その方が身近に感じられるかもしれません。

京都市で経営を続けている地域企業には、地域の人を雇い、地域のものを使い、地域のために営むサスティナブルな経営の考え方があるのではないでしょうか。京都には「商売と屏風は、広げすぎると倒れる」という言葉もあります。1000年続く都市である京都だからこそ、“現代の社会課題を捉えた、地域企業のあり方”を追求し、説得力を持って世界に発信していくことができるのではないでしょうか。

収益性や効率性に捉われすぎず、それぞれが自分を律し、社会への試みを広げていく。そんな事業者の営みに、これからもSILKは寄り添っていきたいと思います。

認定授与式は、これまでの認定企業と支援パートナー等が一堂に会する場となっている。


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前田展広|イノベーション・コーディネーター

前田展広|イノベーション・コーディネーター

1977年京都市生まれ。京都産業大学卒業後、デザイン教育機関での産学連携や全国の校舎運営マネジメント業務を経験の後、地域企業にてCSR室を設立し室長に就任。持続可能な社会をテーマにしたプロジェクト型組織を展開する。2015年から個人事務所を設立。京都市ソーシャルイノベーション研究所(SILK)、一般社団法人リリースなど複数の組織に所属するとともに、多様な役割を開発(かいほつ)する、地域や企業のプロジェクトへの関わりを広げている。前田展広事務所(maedanobuhiro.com) 代表