地域に選ばれ続ける企業とは。無形の価値の重要性│ 原 良憲 │連続インタビュー「価値観と関係性が紡ぎ続ける経済圏」

京都のまちと地域企業のあり方を紐解くインタビュー企画「価値観と関係性が紡ぎ続ける経済圏」。研究者3名と経営者3名に、1000年を超える京都の歴史と未来への姿勢について、お話を伺いました。第2回は、京都⼤学経営管理⼤学院教授 原 良憲 先⽣に、「地域に選ばれ続ける企業とは」というテーマでお話しいただきます。
モデレーター:一般社団法人リリース 桜井 肖典さん

[目次]
1. 周りを活性化させる企業の「面的生産性」
2. 有形の価値から、無形の価値へ
3. 顧客を鍛え、革新を続ける京都の企業
4. さいごに

1. 周りを活性化させる企業の「面的生産性」

──今日は、これまで様々な企業の経営を研究してこられた原先生に、お聞きしたいことがたくさんあります。まずは、地域の中で長く続いていく企業の社会的な役割や経営のあり方をどのように捉えておられるか、教えていただきたいです。

企業の特徴を捉えるのに、私は「面的生産性」という考え方をしています。京都というまちの生産性を色々な見方から分析することで、おもしろい結果が見えてきました。一人あたり、もしくは一社あたりの生産性についてのお話は、最近よく耳にしますよね。面的生産性を考えるには、もう少し視点を広げ、企業間の関係性をふまえて各社の数字を見る必要があります。具体的に言うと、ある企業がサプライチェーン※の中に入ることで、上流・下流にいる企業が活性化して、関連ビジネス全体の生産性が上がっていくことがあります。こういう企業が出てくると、業界や地域が全体として元気になっていきます。

※サプライチェーン…商品が消費者に届くまでの原料調達から製造、物流、販売といった一連の流れ

たとえば、生産者と消費者のマッチングを行い、生産者の自立を促すようなビジネスが、事例としてわかりやすいです。早い段階で周りがその企業の価値に気づいて、成長を後押しできるといいですよね。一社の数字だけを見ると生産性は高くなく、規模も大きくないのですが、面として情報を捉えると、その企業の影響力の大きさがわかります。ほんの少し加えるだけで料理全体の味が変わる、山椒のような存在です。

──原先生は、シリコンバレーで研究されていたこともありますよね。今とは全く違う環境だったと思いますが、比較すると京都にはどんな特徴がありますか?

シリコンバレーではアップルやグーグルなど名だたるIT企業が急成長する様子を間近で見てきましたが、あの地域から創業して100年続いている企業はまだありません。一方、日本企業は、当時は全方位的な総合企業を目指してきました。ある事業が失敗しても他で収益を確保することで、倒産のリスクを防いできたんですね。ただ、そういう企業が特定の領域に特化した海外のスタートアップ企業と戦うと、スピードで負けてしまいます。どちらのやり方にも脆弱性があるんです。

その点、京都のバランスの取り方は興味深いです。まち全体として、「伝統と革新」「貴族文化と町衆文化」のような相反するものを共存させるのが上手ですよね。全方位という程まんべんなく広げるわけでもなく、文化や歴史、学術が基盤となって、その上にやじろべえが揺れているようなイメージでしょうか。街並みを見ても、新しいものと古いもの、企業と社寺、文化財と現代アートなど、多様な存在が混ざり合って並んでいます。このバランスが不景気や災害などの危機に直面した時のレジリエンス※につながって、長寿企業を育ててきたと思います。社会起業家を育む土壌としては、世界的に見ても京都は条件がいいと思いますよ。

※レジリエンス…さまざまな環境・状況に対して適応し、生き延びる力

2. 有形の価値から、無形の価値へ

──「これからの1000年を紡ぐ企業認定」では制度の立ち上げから審査委員長をされていますが、企業の価値についてどのようにお考えでしょうか。

経済的な価値と社会的な価値は、同じ土俵でははかれません。後者を考える際には、長期的な視点が必要です。四半期ごとに収益の最大化を追う株主資本主義的な視点では、捉えられないものがあります。既にESG投資やソーシャルインパクト投資など投資家の視点が変わってきているので、これから更に、企業も大きく変わるでしょう。

「これからの1000年を紡ぐ企業認定」は、その企業が1000年続くかどうかを見ているのではありません。認定企業がなくなっても、別の組織や人が考え方を受け継いでいけばよいと思います。共感が生まれて思いが伝播すると、小さな活動が大きくスケールアップする可能性があります。

これまでは数字として見える有形の価値ばかりが注目されてきましたが、今の時代は無形の価値の方がより一層大切です。ブランド、サービス、ホスピタリティなど、これらは全て形のないものです。日本は小売やサービスなど第三次産業の生産性が低いと言われていますが、指標の中にこのような無形の価値の良さを反映できれば、評価は変わってきますよね。「おもてなし」は決算書の上ではコストとして捉えられてしまいますが、長い目で見れば、リピート率が増え、大きな収益を生んでいるのではないでしょうか。

──企業が長く続くためには、イノベーションをし続けることが不可欠だと思います。そのためにはどうすればいいのでしょうか?

以前、企業の理念と創業年数の関係性を調査したことがあります。特に100年以上続く企業に注目して、経営者数名にインタビューを行い、約400社のアンケート結果を分析しました。中でも興味深かったのが、その企業「らしさ」がどう形成されているか、という問いでした。

「らしさ」は言葉として明文化するのが難しく、多くの場合、メンバーの間でも暗黙知として継承されてきています。逆に「らしくない」ことは、明示されていることが多い。「らしくない」ことをやらないと決めておくことで、「らしさ」に関してはあまり制限せずに、その時々の状況に合わせたアイディアを出し続けることができるようです。

100年以上続いている老舗を見てみると、長続きするメカニズムにもいくつかパターンがあることがわかりました。革新を繰り返し常に変化している企業もあれば、同じ事業を細々と継承し続けている企業もあります。京都と大阪を比較すると、相対的に、京都の方が前者の革新的な老舗が多かったという結果も得られました。

3. 顧客を鍛え、革新を続ける京都の企業

──「これからの1000年を紡ぐ」と言えるような企業が、京都だけでなく他の地域にも増えていくといいですね。ところで、自治体や生活者にとっては、このような企業が増えることにどんなメリットがあるのでしょうか?

京都の商いには、顧客を鍛えるという文化があります。「お客様は神様」という感覚ではなく、事業者と顧客が対等な関係で感性を高め合ってきたから、本当にいいものが残ってきたのだと感じます。事業者と顧客とがお互いの信頼関係を重視し、買うという⾏為を通して顧客も学び、事業者だけでなく、顧客も切磋琢磨されていくのでしょう。

以前、⼥将さんの研究に関係したことがありました。優秀な⼥将さんは他の⽅よりも、何か問題があった時に、脳波の反応が早い傾向がありました。まだ仮説なのですが、リスクを察知する能⼒が敏感なのかもしれません。事業者たちの危機に備える姿勢が、町内会や学校など⽣活の様々な場⾯にも表れて、地域の良さにつながっていくと期待します。

4.さいごに

京都には「商売と屏風は広げすぎると倒れる」という言葉があります。資本主義だけで突き進んでいく都市とは違う立ち位置で、京都ならではの良さを活かして発展していけるとよいですね。グローバル化・デジタル化が進んだ現代において、表面的な効率化だけにとらわれず、人間が作った良さを保ちながらITを活用して規模を広げること。これが京都の次のチャレンジだと思います。

文:柴田明(SILK)


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原 良憲

原 良憲

京都大学経営管理大学院教授

1983年東大(院)修士修了.京都大学博士(情報学).2006年より京都大学経営管理大学院教授.サービス・イノベーションの教育研究に従事.サービス学会会長,京都市ベンチャー企業目利き委員会審査委員,京都市「これからの1000年を紡ぐ企業認定」審査委員長などを務める。