社内外から組織を動かし、社会課題に取り組む企業を増やせる人を育てたい

イノベーション・キュレーター塾の説明会を兼ねたイベント「四方良し社会のつくり方」。塾長を務める株式会社福市 代表取締役 高津 玉枝 さんに、当塾を立ち上げた社会背景や何を目指しているのかをお話しいただきました。後半は4人の卒塾生も加わり、塾を通して変わったことや卒塾後の活動についてお話を伺います。

お盆明けの水曜日、8月21日の夜。この日のイベントは、こんなクイズから始まりました。

「マイクロプラスティックの問題が最近注目されており、人間の体内にも入ってきているという指摘があります。では、私たちは1年間で、クレジットカード何枚分のマイクロプラスティックを体内に摂取しているのでしょうか。」

首を傾げながらも、それぞれが数字を想像して手を挙げます。その後、高津塾長から答えが告げられると、予想を上回る数字に会場はにわかにどよめきました。今や手にしない日はない程、私たちの生活の中に溢れているプラスティック。続いては、そのリサイクルについて考えていきます。

スクリーンに映し出されたのは、「日本ではプラスティックごみの86%がリサイクルされている」というデータ。この数字を見て、ほっとした人も多かったことと思います。もう少し詳しく見ていくと、その大半は「サーマルリサイクル」という手法に分類されました。聞きなれない言葉に、会場にはまた「?」がたくさん浮かびます。これはいったい、どのような再生利用なのでしょうか。

高津: サーマルリサイクルとは、ごみを焼却処理する際に発生するエネルギーを回収・利用することです。燃やされて、熱が活用されているだけ。欧米ではサーマルリサイクルは『リサイクル』には含まれません。きちんと再資源化されて再生樹脂などになるプラスティックごみはたった1割程度です。また、日本はプラスティックごみの一部を海外へ輸出していますが、最近受け入れを拒否する国が増えています。

こうしたお話を受け、会場の空気が少しずつ変わっていったように感じました。私自身も、恥ずかしながら初めて知った日本のリサイクルの実情に若干がっかりしながら、なんとなくわかっているつもりでも知らないことが身近にたくさんあることを改めて実感しました。

社会課題は遠い国の話ではなく、私たちのふだんの生活とつながっています

高津: 私自身は2000年代からフェアトレード事業に取り組み、現在も「Love&sense」というセレクトショップを経営しています。フェアトレードというと、途上国のかわいそうな人たちを助けることというイメージを持っている方も多いと思います。でもそうじゃなくて、途上国で起きていることは、私たちのふだんの生活とつながっているんです。

そう強く実感したきっかけが、ファッション史上最悪の事故と呼ばれている、2013年のラナプラザ倒壊事故でした。バングラディシュで違法建築された縫製工場のビルが、ミシンや発電機の振動に耐えきれず倒壊して、1000人以上が亡くなりました。柱や壁に入ったヒビに気づいて危険を訴えた従業員もいたそうです。でも経営側は、ファストファッション業界の「早く」「安く」という要求に答えるために、従業員に縫製作業を続けさせました。

3000円のTシャツと、それと同じような1000円のTシャツが並んでいたら、1000円の方を買いたくなりますよね。私もそうだし、ほとんどの人が同じだと思います。でも私たちがそういう買い物をし続けた結果、あんな事故が起こってしまったんです。

イノベーション・キュレーター塾に限らず、様々な企業や個人と関わる際に、SILKのメンバーは「じぶんごと」という言葉をよく口にします。他人事だった社会や組織の課題が自分ごとになった瞬間に、人の行動は変わります。そのきっかけを作ることが私たちSILKの役割のひとつなのです。

この日、塾の説明の中で「じぶんごと」とは別に5つのキーワードが挙げられました。

・俯瞰する
・本質を見る
・価値の創出
・バックキャスト
・多様性

気になる言葉があった方は、ぜひ8月27日(火)の説明会に足を運んでいただければと思います。

様々な立場の人がイノベーション・キュレーターになって、色んなかたちで企業や社会に影響を与えていってほしい

続いて、なぜイノベーション・キュレーター塾が生まれたのかというお話が始まりました。

高津: 私がフェアトレードの店を10店舗、20店舗と出しても、社会へのインパクトは大きくありません。流通業のバイヤーの意識を変えないといけないと思い、2000年代からアプローチをし続けてきました。その結果、昨年からある百貨店でバイヤー向け企業研修を担当することになりましたが、最初の頃は「チャリティの話は違う部署に言ってください」「それで儲かるんですか?」というような反応ばかりで、全然相手にされませんでした。

社会課題を解決するためには、企業が社会課題を意識して変化することが必要です。そのためには、まず社会課題の深刻化によって、企業にも大きな影響があることを認識してもらわないといけません。企業はボランティアでは動けませんから。危機感を持ちながらもこの時代の変化をマーケットチャンスと捉えてもらえたら、企業の社会課題への向き合い方が変わっていきます。

イノベーション・キュレーター塾を立ち上げた2015年には、社会起業家は増えていましたが、社内や社外から企業を動かせる人はほとんどいませんでした。経営者やコンサルや士業などの外部の伴走者、企業の中で戦略立案している人など、様々な立場の人がイノベーション・キュレーターになって、色んなかたちで企業や社会に影響を与えていってほしいと考えて、この塾を作りました。

後半は、卒塾生4名と高津塾長によるトークセッション。年代も性別も職種もバラバラな4名が、イノベーション・キュレーター塾での経験をざっくばらんに語ってくれました。

・石井 規雄さん/2期生/中小企業診断士・茅葺職人
・島田 順一さん/3期生/電気機器生産管理
・田中 暖子さん/4期生/弁護士
・今井 正治さん/4期生/大学教授

Q: なぜこの塾に入ろうと思ったんですか?

島田「私は大卒からずっと、株式会社GSユアサという会社に勤めています。40代くらいの時にずっと同じ会社の中で同じ人たちといて、このままでいいんかなと思い始めました。外のイベントに参加してみると他の会社の人と喋るのがおもしろくて、そんな時にこの塾のことをたまたま知りました。当時は社会課題を解決したいなんて全く思っていなかったし、説明会で話を聞いてもふーんって感じやったんですけどね(笑)。ただ色んな人と出会えるかなと期待して、参加しました」

田中「塾には2人めの子どもを出産後、育休中に参加しました。私は弁護士をしていて、SILKが主催するソーシャル・イノベーション・サミットに参加した時に、登壇された方が皆さん楽しそうに仕事をしているのが印象的でした。弁護士の仕事は基本的に対立の間に入ってするものなので、辛い場面も多いです。こういう人たちと一緒に学ぶことで、得られるものがあるんじゃないかと思いました」

今井「2018年まで、大阪大学で名誉教授として情報工学を教えていました。日本のものづくりは今厳しい状況にあって、かつて世界シェアNo.1だった半導体事業も今では見る影もありません。従来のやり方ではいかん、ニーズ思考で世の中に本当に必要とされるものを作りたいと思って、京都でIoT技術を扱う会社を立ち上げました。ある時、京北の人たちが獣害に困っていると聞いて、IoTで解決しようと提案しに行ったんです。ところが見事に拒否されてしまって、どうしたらいいんだろうと悩んでいたら、銀行の人からこの塾を強くおすすめされました」

高津: 今見ていただいたらわかるように、年齢も職業、立場もバラバラですよね。いつも最初に、「全員フラットに扱いますよ」と言います。経営者でも名誉教授でも20代でも、関係ありません。立場を気にして思ったことを言い合えないようでは多様な人に集まってもらう意味がないので、フラットであることはとても大事にしています。

Q: イノベーション・キュレーター塾に入って変わったことはなんですか?

石井「ものごとを見る視点が変わったと思います。茅葺の仕事も、コンサルの仕事も、自分の立場からの視点だけで見ていても分からないことがたくさんあります。多面的な視点からものごとを見られるようになったと思います」

田中「枠にとらわれているんじゃないかと、色んな人から問いかけてもらったことが大きかったです。法律の勉強はずっとしてきたけど、知らないことばっかりだったんだなと気づいて。世界がばっと広がった感覚がありました。自分の思考の枠を超えた意見をもらえたし、まず自分の枠を認識できたことが一番の変化でした」

今井「一番は、つくった会社を辞めたことですかね。皆から色んな意見をもらって、自分が全然変わっていなかったことに気づいて、頭をぐちゃぐちゃにされました。そんな中、会社のメンバーはやはり利潤を出して上場したいという考えが強かったんです。それは自分のやりたいことではないなと思い、会社を離れる決断をしました。今は京都情報大学院大学から声をかけてもらって、また大学で教えています」

高津: 実は毎年、会社を退職したり、生き方を変える人が出てくるんです。塾の期間中にトーゴで起業された方もいます。私たちがけしかけているわけじゃないですよ。自分はどう生きたいかを真剣に考えた結果、大きな決断をされる方もいます。その時は私たちも、もちろん応援したいと思っています。

Q: 卒塾して、現在はどのような取組をしていますか?

石井「茅葺業界全体のコンサルティングをしていきたいと思っています。今年、日本で茅葺の国際会議が開かれて、世界中の茅葺職人400名が集まる機会がありました。職人の世界は狭く、どうしても多様性が欠けてしまいやすいので、自分が職人とは違う立場から関わることで業界に多様性を持ち込みたいです」

田中「塾の間にグラフィックレコーディングという手法を身につけたので、法律の世界でも使っていきたいです。弁護士は争いが起こってから呼ばれる職業ですが、争いを予防することにも取り組みたいと思っていて。塾で平田オリザさんが劇作家としてまちづくりに携わる姿を見て、直接的に関係すること以外でも、周りから攻めていく方法があるんだと気づけたことが励みになりました」

Q: (参加者より)社会を変えるには、周りを巻き込む力が必要だと思う。その力はどうすれば身につきますか?

石井「まずは自分が色んなところに巻き込まれてみることが大事だと思います。巻き込まれて、主体的に関わることで、巻き込む人の魅力や発信の仕方がわかってきます」

高津: イノベーション・キュレーター塾では、塾生同士の結びつきがかなり強くなるので、お互いに本音で意見を言い合えるんです。時には、けちょんけちょんにやられることもあります。でもその関係性があるから、何かしたい時に仲間全員の引き出しを使うことができるんですよね。みんなが力を貸してくれる。それが巻き込む力にもつながっていきます。

あっという間に時間が経ち、1時間半に渡る説明会が終了しました。ここで全てをお伝えすることはできないことが残念ですが、イノベーション・キュレーター塾の雰囲気を感じていただけたでしょうか。第5期生の募集は8月31日(土)まで。ぜひご検討ください。

写真・文:柴田明(SILK)

○イノベーション・キュレーター塾第5期生募集
https://social-innovation.kyoto.jp/learning/3389