「ローカル・ビジネス・サミット2016 in水俣」レポート

2015年12月、2016年8月の2回にわたり京都で開催された「ソーシャル・イノベーション・サミット」。このサミットをきっかけに、2016年10月、水俣でも「ローカル・ビジネス・サミット」が開催されました。こちらではその二日間のレポートをお届けします!

■発端は4年前

「なぜ京都と水俣が繋がったか?」という疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
水俣でソーシャル・イノベーションの取組を推進している水俣市職員の松山圭介さんと京都産業大学の大室悦賀先生(現在は京都市ソーシャルイノベーション研究所所長も務める)、京都市職員が出会ったのは、2012年11月のこと。当時、水俣市から熊本県に出向していた松山さんは、地方の13県で構成される「ふるさと知事ネットワーク」が実施する共同研究の1つ「地域ソリューションビジネス創業支援プロジェクト」に参加します。このプロジェクトの政策アドバイザーを務めていたのが大室先生。その大室所長の依頼により京都市がオブザーバーとして参加していました。
今回のサミットとは関係の無い、自治体による共同研究を通じた出会いだったわけですが、元々水俣市役所職員である松山さんにとって、大室先生から提示されるソーシャル・イノベーションの理論と実例の数々は、水俣市の未来を拓く考え方として心に響くものがあったようです。
その後、大室先生とともに、京都市ソーシャルイノベーション研究所のコミュニティ・オーガナイザーを務める桜井肖典氏らの支援を受けながら、少しずつ水俣市でソーシャル・イノベーション支援の取組が進みました。このような取組の成果を見て、水俣市の西田弘志市長もサミットの開催を決意され、2016年8月に開催された京都のサミットにも参加いただきました。今回のローカル・ビジネス・サミットは、4年にわたる松山さんの辛抱強い取組の成果であったと感じています。

■京都から水俣へのバトンタッチ
サミット1日目は、水俣市の西田市長の挨拶からスタートしました。

このサミットは京都で開催されたソーシャル・イノベーション・サミットに呼応して開催することになりました。現在、全国の半分の基礎自治体に「消滅可能性」があるといわれています。地方創生のためには、人を呼び込む、子育てしやすくする、地域を活かすことが必要です。皆さんと一緒に、今までと違う何かを探して行きましょう。

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水俣市の西田市長

続いて、バトンを渡した京都市の門川市長から届いたビデオメッセージが放映されました。

京都に文化庁が移転することが決まりました。京都から、日本を文化で元気にしていきたい。熊本の皆さんと繋がって、自分ごとを皆んなごととして捉えながら、新しいことを始めて行きましょう。

門川市長から「私の師匠」という紹介を受けて、京都市ソーシャルイノベーション研究所の大室悦賀所長による基調講演へと移りました。

■大室所長から、水俣の皆さんにエール
10月に学芸出版社から出版された大室所長の著書『サステイナブルカンパニー入門』のエッセンスを提示しながら、持続可能なビジネスや地域を実現するための理論について解説。その上で、水俣の皆さんに対して、熱いエールが送られました。

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京都市ソーシャルイノベーション研究所の大室悦賀所長

一度、これまでの考え方を脇に置いて、自らの生き方を問い直し、水俣と日本の未来を考えていきましょう。
まず、企業の皆さんに対して。島根県石見銀山や長崎県小値賀島などでは人口が増加したり、若い人が帰ってきています。これらの地域には、中村ブレイスや群言堂、小値賀アイランドツーリズムといった素晴らしい企業が存在している。現在、多くの地方で取り組まれている移住政策には「働く」という観点が欠落しています。水俣でも、「福田農場」(水俣にある観光農園。減農薬で柑橘果実を育てておられます。)で働きたいと思う人が増えれば、人口が増加します。逆に、いくら地方にコンビニがあっても、東京とは異なる働き方を提示していることにはならないのです。
また、行政の皆さんに対しては、ネットワークを目的化しないで欲しい。物事がうまく進むからネットワークが出来るのであって、ネットワークは結果です。物事がうまく進むかどうかは解らないから、企業の皆さんと一緒に小さなチャレンジを繰り返してください。そして、こういった小さなチャレンジを後方から支援して、政策化を進めるのが行政の役割です。

 

■イノベーションを巻き起こす、二人の社会起業家が登場!
続いて、地方創生のヒントになればという想いを胸に、イノベーションを巻き起こし、各界で注目を集める二人の社会起業家が登壇されました。

まずは、株式会社粟 代表取締役の三浦雅之さん。大和伝統野菜を食材とした農家レストラン清澄の里「粟」を運営するほか、6次産業化を推進する株式会社粟、国内外100種類以上の伝統野菜の調査研究と文化継承活動を行うNPO法人清澄の村、地元の五ヶ谷営農協議会を連携協働によるソーシャル・ビジネス「Project粟」を展開されています。

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株式会社粟 代表取締役の三浦雅之さん

元々、福祉の研究に携わって来ましたが、制度、法律、テクノロジーに頼らず医療と福祉の分野でできる事を追及したところ、農家レストランに行き着きました。
設立当初は、皆から上手くいかないだろうと反対されましたが、カーナビなどの進化があったり、世の中の価値観が「本質的に何が大切かを考える」「共感を大切にする」といった方向に変わってきていることもあって、経営も軌道に乗ってきています。
これからも、足元の価値観を大切にしながら、「美味しくて、作りやすい」つまり、「人に喜んでもらえ、奈良の気候風土に合った伝統野菜」を受け継いでいきます。

続いて株式会社関美工堂 代表取締役社長の関昌邦さん。JAXA(宇宙開発事業団)初の文系出身人材という異色の経歴をお持ちの関さんは、会津の伝統産業である会津塗を活かしたブランド「BITOWA」の立ち上げに携わるほか、アウトドア用の漆塗りマグカップや折りたたみ卓袱台など、ユニークな商品のプロデュースを手がけておられます。

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株式会社関美工堂 代表取締役社長の関昌邦さん

プロダクトデザインを洗練させるため、補助金を活用して、プロジェクトに取り組んできましたが、「会津塗知ってはいるけど関係ない」という状況を見て、地域に何を残せたのかと疑問に思いました。
そんなとき、「会津・漆の芸術祭2012」に携わり、経済とは異なる観点に気づきました。1970年代に下からの内発的な地域主義の思想である「地域主義」が提唱されていた事を知り、人が自ずと集まる自力づくりをテーマにコミュニティづくりに取り組んでいます。
不易流行とは「新味を求めて変化を重ねていく流行性」のこと。また、ビジネスさえ回っていけば、ローカルの方が幸せだと思っています。

ここで、大室所長と、(一社)Release;代表で、京都市ソーシャルイノベーション研究所のコミュニティ・オーガナイザーを務める桜井肖典氏がトークに加わります。

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トークセッションのようす

大室所長の基調講演にあった「個々人が生き方と働き方を一致させることが、イノベーションを生み出すアメーバ型組織の特徴」との解説に対し、「ネイティヴアメリカンは、働く事、学ぶ事、遊ぶ事が融合している」(三浦)、「サラリーマン時代はライフワークという言葉がピンとこなかった」(関)など、他の三者も賛同。これを受けて、桜井氏が次のように解説します。

「公私混同ではなく、公私混在」が大切だと思います。でも、一般的に「生きること」と「働くこと」を分ける方が楽なんじゃないかな、と思う。だって、「仕事だから仕方ない」って言い訳できるから。

言い訳をせず、自らのミッションに対して愚直なまでに取り組み続ける四者のトークセッションに、会場の皆さんも深く感銘を受けておられました。

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非常に議論が盛り上がりました!

■水俣で繰り広げられる2大プロジェクトを紹介!
水俣市外からの報告を受けて、今度は水俣市で進められている2つのプロジェクトについて報告がありました。
まずはじめは、(一社)Release;の桜井氏が関わっている「四方よし経営の学び舎」。この取組は、PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング。具体的なプロジェクトを体験しながら学ぶ手法)により、水俣の新しいビジネスを生み出しながら学ぶという経営塾です。塾の目的は「人や自然までも喜ばせるビジネスが儲かることを知ること」と「組織や立場を超えて、ともに水俣の未来を創る仲間づくり」。この経営塾1期生として、2人の実業家が感想を述べてくれました。
水俣市で洋菓子店「モンブランフジヤ」を経営する笹原和明氏は、この経営塾の1期生で、リーダー的存在。

今まで市役所から関係を求められた仕事は自分の仕事に関係のない、他人事の仕事が多かった。けれど、今回は自分の店のことをPBLで考えるため、とても辛かったです。具体的に取り組んだ「みなまる弁当」のプロジェクトには色々と課題はあります。けれども、商店街の未来のため、取組を続けていきたい。

 

一方、基調講演で大室所長がエールを送った福田農場の福田豊樹社長も1期生。

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熱く説明をおこなう水俣市の松山さん

この塾を通じて「企業全体が商品である」と思うようになりました。創業者が抱いていた経営理念は「水俣病で悪化したイメージを良くしたい」というものだった。おかげさまで水俣に暗いイメージがなくなった今、次代に弊社が掲げるべき経営理念や社会的役割を考えていきたい。

続いて、水俣市、水俣商工会議所、みなまた環境テクノセンターなどが水俣の事業者を支援しながら、「食」にまつわる起業や人的交流を促進する「みなまたキッチン」の取組が紹介されました。
実は、サミット2日目に開催された「水俣からローカル・ビジネスを考えるツアー」のコースの一つとして「みなまたキッチン」コースがあり、私も実際に訪問してきました。現地で取組を紹介してくださったのは、熊本大学の田中尚人先生。ツアー参加者と関係者が「今後、みなまたキッチンをどうして行くのか?」を熱心に議論しました。

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みなまたキッチンのみなさんと、熊本大学の田中先生

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みなまたキッチンプレイヤーのみなさん

以上でサミット1日目は終了。地元食材を用いた豪華な夕食を囲みながら、交流会でも水俣の未来について議論が続きました。

■サミットは、はじまり

「ローカル・ビジネス・サミット2016 in水俣」は3日間にわたり開催されました。私は1・2日目に参加。2日目は現地視察の後に、参加者が全員参加する「水俣の未来を考え、行動に移すためのワークショップ」が開催されました。
このサミットに参加して、私は次の3つのことを感じました。
まず、このサミットは、はじまりだということ。今回、様々なセクターの方々が参加されていましたが、お互い初めて会う方が多かったようです。水俣市という小さなまちでも、お互いの取組を熟知しているわけではない、むしろ、まったく知らないことが多いようです。まずは、今回のサミットのような機会を通じて、互いに知り合うことが、何かを始めるための第一歩だと感じました。
また、課題を話し合った際、「頑張って取組を推進しようとすると、足を引っ張るやつが出てくる」「自分のことばかり考えて、まちの若者を育てようという志がない」といった問題点について「これは水俣の歴史性が原因だ」と結論付けられることが多くありました。確かに水俣の歴史や風土などに影響を与えられていることもあると思いますが、その多くは他の地方でも共通するようなことでした。自社、自分のまち、日本といった「タコツボ」の中で思考するのではなく、ちょっと俯瞰して、他のまちを見ながら議論すれば気づきも多いはず。我々のような「馬鹿者」で「よそ者」がサミットに参加させていただいたことは、俯瞰するきっかけづくりのためにも、非常に意義があったと思います。

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ワークショップのようす

このサミットは、水俣市役所の松山圭介氏による八面六臂の働きにより成立していました。何か新しいことを生み出す時には、誰かの信念や頑張りが必要だと思いますが、ずっと頑張り続けることは大変だと思います。自省も込めてですが、行政だけの独りよがりな取組とならないためにも、市民の皆さん、企業の皆さん、支援機関の皆さん、「馬鹿者」で「よそ者」などと一緒に素敵な取組を続けていって欲しいな、と思いました。水俣市には、多くの松山圭介ファンが居られましたから、この取組はずっと続けていくことができる、と思います。

◆当日のファシリテーショングラフィックまとめ

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仲筋 裕則

仲筋 裕則

京都市産業観光局商工部中小企業振興課 ソーシャル・イノベーション創出支援係長。2012年から京都市ソーシャルビジネス支援事業を担当。 ビジネスを活用して社会的課題の解決に取り組む「ソーシャルビジネス」の認知度向上と 企業育成のための支援に取り組み、京都から日本の未来を切り拓く様々な活動を行う。