後ろに進む、そんな進歩はないのだろうか? おいしく美しい自然食品を家庭に届ける「株式会社ヘルプ」
米、野菜、肉、魚、菓子、飲み物。私たちはみな、毎日コンビニやスーパー、ネットショップなどを通じて食べ物を購入しています。棚に並べられた商品を買い物かごに入れる時、またはパソコンの画面を見ながらクリックを押す瞬間、あなたはその商品について、どこまで思いを巡らせていますか?
食べ物は、私たち人間の心体をつくるもの。しかし、現代社会においては、忙しくてどうしても外食中心の食事になったり、食費を削ってでも嗜好品を優先したり、家事仕事の価値が軽視されていたりと、食事に関する多くの事柄がないがしろにされがちです。本当は、今から未来へつなぐ命を生き物として、食べ物は何よりも優先すべきことのはず。
そんな社会と人のありようが抱える矛盾に30年以上も前から気がつき、当時経営していたスーパーをたたんでまでオーガニックスーパーを立ち上げ、健全でおいしい食材を提供することに尽力してきた方がいます。それが今回ご紹介する「株式会社ヘルプ(以下、ヘルプ)」の代表取締役・宗接元信(むねつぐもとのぶ)さんです。
インタビューでは、これまでさまざまな事柄と向き合いながら、時に戦い、長い時間をかけて積み上げてきたからこそのお話をたくさん聞かせていただくことができました。キーワードは「後ずさりする進歩」。気になった方はぜひ、読み進めてみてください。
「おいしいでしょ?」と言えるものしか売らない
「ヘルプ」の主たる事業は「オーガニックスーパー」。「暮らしに安心・安全なたべものを」というコンセプトをもとに、自然食品・無農薬・減農薬・無添加食品の専門店として、さまざまな食品や加工品、キッチン用品などを販売しています。
ホームページを見ると、その健全さを感じさせる言葉が数多く掲載されており、食べ物について考える人が増えてほしいという思いで溢れています。
例えばヘルプでは、野菜・果物は、「特別栽培農産物」(農薬・化学肥料を慣行栽培から5割以上削減したもの)の基準以上の物のみを取り扱っています。生産者からの直接買い付けを基本とし、生産者の「思い」や「工夫」も届け、栽培情報についてもできる限り開示しています。
精肉・加工品は、不必要な抗生剤・ホルモン剤は使用せず、飼料の原料はできる限り非遺伝子組換え原料を使用。ハムやソーセージなどの加工品も、化学調味料・合成保存料・発色剤などの食品添加物は使用せずに作られたものを扱っています。
また、日用品は、川の生き物たちを排除してしまう石油系界面活性剤・蛍光増白剤・合成着色料・香料・鉱物油などの成分を含む製品は扱わず、自然環境にも人間にも優しい商品を販売しています。
その他にも、鮮魚・牛乳・調味料など、それぞれのこだわりが綴られているホームページもぜひ一度ご覧いただければと思いますが、宗接さんは、「食品が安全であるのはあたりまえ。野菜も肉も魚も、“おいしい”というのが最大の売りです」と話します。
宗接さん:当店では、必ず自分で食べてみて「おいしい」「食べたい」と思うものを売っています。うちのスタッフは、その「おいしい」を見つけるためにあちこちに足を伸ばしているので、口が肥えています。
例えば生ハムやチーズを食べるためにイタリアまで行きますし、ベーカリーを始める時には、オランダ・ドイツ・スペイン・フランスなどヨーロッパ各国を一ヶ月かけて回りました。本当においしい食べ物は現地で消費されるので、実は日本にはほとんど回ってきていません。
でも、その本当においしいものばかりを売ることができたら、何よりおもしろいですよね。だから「おいしいでしょ?と他人に言い切れるものしか売るな」とスタッフには言っています。
そんなヘルプには、「うそをつかない」「無理をしない」「感性に素直に」という3つのモットーがあります。
宗接さん:私たちの役割は、ワンシーズンを通して日々の食を支えていくこと。日々の食卓をちゃんと賄っていけるだけの品揃えと量を、「健全」「旬」「おいしい」といった基準を守りながら確保しなければなりません。
だから、店舗は大きく増やせないんです。増やすと仕入れ量を増やさなきゃいけない。日本国内の有機農産物の割合をご存知ですか? 全体のたった0.4%ですよ。つまり、有機栽培の野菜を食べられるのは、たった0.4%の人だけだということです。
たくさん売れるとしても供給が追いつきません。無理をしたら続かない。続かなかったら元も子もないですからね。
宅配事業とベーカリーショップも展開しているものの、ヘルプ自体の店舗数は、一乗寺本店と長岡店の2つのみ。それでも年間13億円を売り上げ、社員は28名、アルバイトは77名、会員は13,000人に拡大。宗接さんは、「異常といえば異常だよね」と笑います。
大切なのは「信じられる関係をつくること」
今でこそ、特に都市圏ではオーガニックの商品を取り扱うスーパーなども増えてきましたが、ヘルプが創設されたのは1982年のこと。当然、市場も今よりも大きくない中で、コンセプトに忠実に事業を継続し、35年という歳月をかけてコツコツと成長してきました。
そんな中で、宗接さんがあらゆる場面で大切にしているのは、「信じられる関係をつくること」だと言います。
宗接さん:例えば定期的に生産者のところに訪ねますが、農薬や化学肥料などの使用について、常時チェックし続けることはできません。
もちろん、こちらもプロなので、「この品種なら農薬をまかざるをえない」とか、土づくりについてとか、詳しい情報と経験は持っていて、安全性も見た目もおいしさも全部、基準をクリアできているかといったことは、ものを見ればある程度わかります。でも、一番の裏付けは、信頼関係なんです。
その信頼関係を築くために必要なのが、生産者のところに泊まらせてもらって、酒を酌み交わす、といったこと。そういう中からしか本当の部分は出てきません。最後はやっぱり、信じるしかないんです。
加えて、ヘルプではお客さんに対しても、お客さんと生産者の間に対しても「信じられる関係」をつくる工夫をしています。
宗接さん:生産者には定期的な店頭販売に協力してもらっています。生産者にできるだけ店舗に立ってもらって、商品の説明と一緒に、直接お客さんにものを渡す接点をもってもらっているんです。
それから、スタッフには、「お客さんの名前をできるだけ覚えるように」と指導しています。「お客さん」と言われるのと、名前を呼ばれるのでは大違いでしょ? 有機の食べ物を広めるのは、有機的な人間関係なんです。
また宗接さんは、農家への財務指導も行っています。例えば、対象の農家が購入を検討している農機具の減価償却やランニングコストなどをはじき出し、農地の面積と機械の性能から農作物の生産量を予測。損益分岐点を明らかにした上で、それでも成り立つようにするにはどうすればいいか、助言しているのです。
宗接さん:米づくりの最低単位でよく「五反百姓」という言い方をするんですが、五反(一反=1000m3)の田んぼのための田植え機と稲刈り機を買うだけで大体700万円くらいかかります。
一反の田んぼでせいぜい500kgの米が採れたとして、五反だと2500kgになりますよね。安い米だと60kgでだいたい1万2000円くらいだから、よく頑張っても一反7万円、五反で35万円程度の収入にしかなりません。
つまり、700万円の機械代を米づくりだけで賄うなんて不可能なんです。そういうところに手を入れていって成り立つ財務指導をしています。
こうした姿勢に共感した農家が「ヘルプで野菜を売りたい」と相談に来たり、生産者同士の口コミで関係が広がっていくことも多いといいます。
すべては一つのトマトから始まった
ヘルプ設立以前、宗接さんはすでにスーパーを3店舗展開する経営者でした。しかしある日、京都の淀の野市場でたまたま有機栽培のトマトに出会います。当時はまだ有機栽培という言葉もほとんど知られていないような時代。「このトマトを食べたのがすべての始まりだった」と宗接さんは当時を振り返ります。
宗接さん:しっかりとトマト臭さがありながら味が良かった。つまり、めちゃくちゃうまかったんです。「なんだこれは?」となって、聞けば「有機栽培で育てていて、農薬を使わないから大変なんだ」と言うんですね。じゃあ売ってみようと。でも売れなかった。
せっかくのうまいトマトがどんどん捨てられていくのを見て、もったいなくて、知り合いに声をかけたり、トマトを車に積んで引き売りをしたり。それでも余るから、神社の境内やマンションの軒先を借りて青空市場を始めたり。
いろいろやるうちに、お客さんの反響もあるし、だんだんおもしろくなってきて、「店舗を持とう」「会社をつくろう」となっていきました。そして店舗を持つなら野菜だけじゃカッコがつかないから、他のものも仕入れてこようと。それが1982年のことでした。
もともと環境意識は高い方だったという宗接さんはこの間、野菜のつくられる過程や添加物など、食品を取り巻く真実に次々と出会っていきます。そして、自身が経営するスーパーで販売している商品に対する不信感が募り、「こんなものを売って儲けて恥ずかしい」と思うようになったそうです。
宗接さん:真実がわかってきてしまったら、自分のやっていることがどんどん情けなくなってきて。その頃は7店舗ほどあって従業員もいるし、いっぺんにはやめられないので、1店舗ずつ順番に閉めていきました。
ヘルプの業績は当初から良かったわけではありません。むしろ創業から5年間連続の赤字。オープン当初はまさに閑古鳥がなく状況で、店舗内でキャッチボールをしていたこともあったのだとか。
「ヘルプ」という社名も、「人々の安全な食を助ける」といったことが由来かと思いきや、「ヘルプレス(寄る辺もない会社)」という自虐からつけたことを明かしてくれました。
しかし、流れが一変する大きな出来事が起こります。それが、1987年に起きたチェルノブイリ原発事故でした。
宗接さん:チェルノブイリの事故があって以来、消費者の食への意識が大きく変わりました。お客さんが増えて、売り上げが伸びて、放射能汚染だけじゃなく、農薬やその他の安全性についても聞かれるようになりました。
1987年を境に売り上げが前年比を割ったことはないし、会員も減ったことがありません。時代状況が悪くなればなるほど事業が安定する。いたたまれない気持ちがたまっていく35年間でした。
今の社会の延長線上ではない、後ろに進む進歩を
数年後には創業40年を迎えるヘルプ。宗接さんは、限られたこれからの時間を使って市場流通に乗せずに済む人間関係をさらに広げ、できるだけ物流にかかるコストを下げて、生産側も販売側も守っていける仕組みづくりへの道筋をつくっていきたいと考えています。
宗接さん:各産地との付き合いがある中で、高齢化と後継者不足によって産地が疲弊し荒廃していく様子を目の当たりにしています。一人二人と生産者の数が減り、このままでは技術が伝承されずに失われてしまう。
現場に対してのアクションは、会社の規模を大きくするよりもやらなきゃいけないこと。きっと途中で終わってしまうライフワークだけど、次の世代にバトンを渡すために、取り組んでいきたいと思っています。
そして、宗接さんは最後に、今の社会に対する一つの提案を投げかけます。
宗接さん:これ以上進歩しない進歩、後ろに“下がる”のではなく、後ろに“進んでいく”進歩という選択肢もあるわけです。技術も科学も、本当にこれ以上進歩する必要はありますか?
今の経済の延長線上ではない、「貧しくてもいいじゃないか」と言い切るくらいの意識が市民感覚に出てこないと、本当に全部終わってしまう。立ち止まって「これでいいんだろうか」と考えてみてほしい。
私たちもツアーを企画したりしていますが、生産地に赴いて、実情を見て、感じてほしい。そして、感じたことを言葉にして、誰かに伝えてほしいと思います。
さて、あなたは今日、これから何を買って食べますか? 米・野菜・肉・魚などなど、一見どれも同じように見えるかもしれません。でも、おいしくて栄養価が高く、環境にもよくて、生産者も幸せにする食べ物というのが、確実に存在しています。
ぜひ、そういった食べ物を一つでも選び、料理して自らの舌で味わうことを、無理のない程度に続けてみてください。最初はわかりづらいかもしれませんが、続けるうちに、体が「おいしい」と反応する感覚が、きっとつかめてくるはずです。
インタビュアー:赤司研介(京都市ソーシャルイノベーション研究所 エディター/ライター)
宗接元信(むねつぐもとのぶ)
株式会社ヘルプ代表取締役
1982年より、「安く、広く」を社是とし、無(減)農薬の農産品、無添加食品のスーパー、ヘルプ一乗寺店及び長岡店を経営する他、卸売業及び小売業の経営、企画及び販売促進のコンサル業務を展開。1998年には直営オーガニックベーカリーのモデル店として「レ・ブレドオル」を出店。近年における日本の食生活の欧米化や、環境や人間の体に害を及ぼす食品等の流通に危機感を持ち、日本が伝統的に培って来た本来の食文化を見直し、守り続けることの必要性を訴え続けている。